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祭りの灯は、旅立ちの前に

 数日後――


 私たちは、マカーブルを倒したあとに残された、禍々しい黒曜石のような魔石を、慎重にギルドへと持ち帰っていた。手に持つだけで、じわりと冷たい嫌な気配が伝わってくるそれに、受付のお姉さんたちはみんな顔をしかめて、距離を取ってた。


「うわっ、なにこれ……触りたくないんだけど……」


「ちょ、持ってこないでよ!空気が重くなるじゃない!」


 騒ぎになりそうな中、ギルドマスターがすぐに出てきて、状況を聞くと、眉をひそめながらも素早く鑑定の手配をしてくれた。

 数時間後、ヴェイル、バルド、エルマの三人は、ギルドのロビーの一角で、お茶を飲みながら私の戦いぶりについて盛り上がっていた。


「いや〜、あの最後の一撃!あれ見て鳥肌立ったわ!」バルドが腕をぶんぶん振り回しながら言う。


「剣が光の鞭みたいにうねって……!私、あれ一生忘れないと思う……!」エルマも頬を赤くしてうっとり。


「戦いの最中、完全に空間ごと支配してた。あんな動き、俺でも読みきれなかったよ」ヴェイルも、ちょっと真顔で感心していた。


 その時――


「お待たせしました!」ギルドマスターの低くて重い声が、部屋に響いた。分厚い鑑定書を手に、彼はにやりと笑っていた。


「……これは、正真正銘の《死神マカーブルの魔石》。それも、非常に高純度で、強力な呪詛を内包した極めて希少な代物です。いくつかの上級魔術工房から、すでに買い取り希望の打診も来ております」


 マスターのいつも冷静な顔に、明らかに興奮の色が浮かんでいた。


「結論から言いますと――」


 ゴクリと全員の喉が鳴った。


「これは……とんでもない額になりますぞ。正式な見積もりが出ました。売却希望の場合、貴殿らへの分配金は――」


 マスターが指で示した数字に、三人とも、目をひん剥いた。


「ご、ごひゃく……万、ゴルド……!?」


 エルマが鑑定書をのぞき込みながら、震える声を上げた。目が点になってる。


「マジかよ!? それ、俺が今まで稼いできた額の……十倍以上!?」バルドがガタッと椅子を倒しかけながら叫ぶ。


 ヴェイルも目を丸くしながら、信じられないって顔で額に手を当てた。


「この金額が本当なら……リアムの治療も、それ以上のことも……全部できる……!」


 三人の驚きと興奮の中、私は少しだけくすっと笑った。


「よかったね、みんな。頑張ったかいがあったね」


 バルドも、いつもの豪快な笑いはどこへやら、口をあんぐり開けたまま固まってた。


「こりゃあ……村が一つ買えるくらいの金じゃねぇか……!」


 数字の桁を三度見してから、ぼそっとつぶやいたその声に、誰もが頷くしかなかった。


 ヴェイルも、さすがに目を見開いていた。これまでそれなりの依頼をこなして、それなりに報酬も受け取ってきた彼だけど、こんな金額を目の当たりにしたのは初めてだったはず。マカーブルの存在のヤバさが、こうして改めて現実味を帯びてきて、同時にそれを討ち倒した自分たちの戦いがどれほどのものだったのかも、じわじわ実感が押し寄せてきた。


「こ、こんな大金を……本当に俺たちが受け取っていいんでしょうか……?」


 ヴェイルは、おそるおそるマスターに尋ねた。その声は、少しだけ震えていた。


 ギルドマスターは、ドンと机を叩いて、大きく頷いた。


「当然ですとも! あなた方は、伝説級の魔物を見事に討伐されたのです!これは、その功績に対しての、まっとうな報酬!誰も文句など言いませんとも!」


「それに、この魔石は、呪詛を解体してエネルギー資源として活用できる特別な代物。うちの街にとっても、この上ない貢献ですぞ。むしろ、こちらから感謝状のひとつもお渡ししたいくらいですな!」


 その言葉に、バルドがようやく我に返ったようにヴェイルの背中をバシバシ叩いた。


「どうだヴェイル!これで酒もメシも好きなだけ食えるぞ!十年分は余裕で遊んで暮らせるってやつだ!」


「い、いや……遊んでは暮らさないが……」ヴェイルが苦笑すると、エルマも頬をぽっと染めながら、小さな声で続けた。


「……これで、新しい弓を買えるわ……ちゃんとした職人のところで……しかも、特注のやつ……!」


 思い描く未来が、少しずつ現実味を帯びてきて、三人の顔には自然と笑みが広がっていた。


 でも――その中で、一番複雑な表情をしていたのは、やっぱりヴェイルだった。


 彼の目には、もうその先の光景が浮かんでいたんだと思う。遠く離れた村で、ずっと病と戦っている弟、リアムの姿。高すぎて手が出せなかった特効薬、腕のいい医師への紹介、専門施設への入院――この金額なら、全部叶えられるかもしれない。


「……リアム……」


 その名を、誰にも聞こえないくらいの声で呟いて、ヴェイルは静かに拳を握った。


「ありがとう、エミリア。本当に、ありがとう」


 私が微笑んで頷くと、彼の顔にも、少しだけ涙が浮かんでいた。


 そんなヴェイルたちの賑やかなやり取りを、私は少し離れたところから、どこか他人事みたいに眺めていた。


 正直なところ――お金のこととか、報酬の手続きとか、あんまり興味ないんだよね。もちろん、あれだけの魔物を倒したんだから、みんなが喜ぶのは当然だし、それはすごく嬉しい。でも、私がこの世界にいる理由は、そこじゃない。


 私の戦いは――魔王を倒すこと。そして、佐藤恵美としての人生を、ちゃんと最後まで生き切るっていう、大きな使命のためにある。


 数日前のあの激戦。全力を出し切って、体中が空っぽになったあの瞬間の達成感と、それを上回るほどのドッと押し寄せてきた疲労感を思い出すと……ふと、ちょっとだけ気が重くなる。


「……これが、まだまだ続くんだよね……はぁ……」


 そんなため息をつきかけた時だった。


 ふわり、と。


 温かいものが、私の手にそっと触れた。重なるように、優しく包み込まれる。


 三つの、ぬくもり。


 ――エミリア。

 ――エミーナ。

 ――エミール。


 私の中にいる、私たちの手。


 ……そうだ。私は、一人じゃない。


 彼女たちは、いつもそばにいてくれる。私の中で、私を支えてくれている。


 その存在を感じた瞬間、胸の奥に、ふつふつと何かが込み上げてきた。


 かつての私自身の、あの時の無念。叶えられなかった想い。

 そして、彼女たちが命を懸けて繋いでくれた、希望のバトン。


 私は、それを確かに受け取った。

 そして必ず――ゴールまで運んでみせる。


 熱い決意が、再び心の真ん中に火を灯した。


 大丈夫。私には、彼女たちがついてる。

 この旅は、まだ終わらない。むしろ、ここからが本番だ。


 だから――


「さあ、次へ進もう」


 私はそう呟いて、ひとつ深く息を吸い込んだ。




 数日が経ち、街はすっかりお祭りムードに染まっていた。港町ならではの活気と、どこからともなく聞こえてくる太鼓の音。どうやら私たちが討伐した《死神マカーブル》の話は、あっという間に国中に広まったらしく、その功績にあやかって、今年の“港まつり”は例年以上に盛り上がること間違いなし、らしい。


 とはいえ、私はそんな浮かれムードの中で、密かにある計画を立てていた。


 ――それは、「みんなでお祭りを楽しむ」ただそれだけの、シンプルだけど、ちょっぴり特別な計画。


 だって、たまにはこういうのもいいじゃない?死ぬような戦いのあとなんだし、のんびり羽を伸ばす時間だって、絶対に必要だと思うんだよね。




「おはよ〜。来ちゃった!」


 朝の光がまだ柔らかく差し込む時間帯。私は、ヴェイルの家を訪ねた。


 扉をノックすると、すぐに朝食のいい匂いがふわっと鼻をくすぐる。焼き立てのパンと、温かいスープの香り……うん、なかなか幸せな匂い。


「……ん?どうしたんだ、朝っぱらから?」


 ガチャ、と扉が開いて出てきたのは、少し寝ぼけ眼のヴェイル。昨夜はどうやら、例の大金を祝って軽く一杯――いや、軽くなかったかも。ほんのりお酒の匂いを漂わせながら、髪もまだちょっと寝ぐせが残ってる。


「まさか……まだ寝てた?」


「いや、弟と朝飯食ってたとこ。ま、ちょっと飲みすぎただけで……って、おまえ、まさか何かあったのか?」


「あはは、ちがうちがう。ただね――今日はちょっと、楽しいことしよっかって思って!」


 私は、満面の笑みでそう言った。


 ヴェイルは一瞬キョトンとしたあと、わずかに口角を上げた。


「……なんだか嫌な予感がするな」


「えぇ〜!?ひどいなぁ、ちゃんと楽しいヤツだってば!」


 さあ、これから始まるのは、“冒険者たちのお祭り騒ぎ”。


 マカーブルを倒して街を救った英雄たちの、ちょっとだけ羽を伸ばす一日が――今、始まろうとしていた。


「実はね、ちょっとだけ――ヴェイルに手伝ってほしいことがあって。」


 そう言って、私は事前に用意しておいた車椅子を、そっとヴェイルの前に押し出した。目と目が合った瞬間、彼はすぐに私の意図を察して――まるでおもちゃをもらった子どもみたいに、顔をパッと明るくさせた。


「リアムの病気を完全に治すのは……難しいかもしれない。でも、私の《聖光気》を当て続ければ、せめてお祭りを楽しむくらいの体力は、保てるんじゃないかと思って。」


 そう告げると、ヴェイルの瞳が、信じられないほどキラッと光った。


「……それは、すごい!ぜひやろう!リアム、どうだ?一緒にお祭りに行こう!」


 突然の申し出に、リアムはぽかんとした顔で私と兄を見比べ――そして、頬をほんのり赤く染めながら、はにかんだように頷いた。


「……うん」


 その一言で、ヴェイルは大爆発。今まで見たこともないくらいハイテンションで、両手をバンザイしながら叫んだ。


「やったああああ!エミリアさん、ありがとう!リアム、今日はなんでも好きなもの買ってやるぞ!お祭り、めいっぱい楽しもうな!」


 ――この街を離れるまで、もう時間はあまりない。きっと、ヴェイルの中には、弟との、そして私たちとの時間を大切にしたいという気持ちが強くあるんだと思う。彼の弟想いっぷりには、毎回ながら、ほんと頭が下がる。


 ヴェイルはリアムを優しく抱き上げて、丁寧に車椅子へ座らせた。その顔には、期待と……ほんのちょっとだけ、不安が浮かんでいる。そんな弟の頭を撫でながら、ヴェイルは自信満々に笑った。


「大丈夫だ、リアム。兄ちゃんがずっとそばにいるからな!さあ、最高の思い出、作ろうぜ!」


 車椅子を押すヴェイルの足取りはやたら軽やかで、まるで彼自身が初めてのお祭りに行く子どもみたい。リアムも、そんな兄のテンションに釣られて、少しずつ笑顔になっていく。


「お祭りって、どんなお店があるの?僕、そんなに行ったことないから……」


「おっ、いい質問!なんでもあるぞ。焼き鳥、りんご飴、射的に輪投げ!全部制覇だな!」


「兄さん、僕よりはしゃいでるよ……落ち着いて。」


「はっはっはっ、言うなー!兄貴の威厳がなくなるだろ!」


 二人のやりとりに、思わず私も笑ってしまった。


「よし、じゃあ私も、全力で《聖光気》ぶち込んでサポートするわ!途中で電池切れしても知らないからね!」


「うぉお!エミリアさん頼もしすぎるっ!」

 こうして、私たちの“賑やかなお祭り冒険”が始まった。ヴェイルの笑顔は、リアムの心を照らし、そして私の心にも、じんわりと温かい光を灯してくれた。


 ――よし、今日は思いっきり楽しもう。


 また、魔王討伐の旅が始まるんだから。

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