「マカーブル討伐隊」
翌朝、私はヴェイルとともにギルドの扉をくぐった。昨日の騒ぎが嘘のように、朝日は穏やかに差し込んでいる。けれど、まだ徹夜で働いているらしい職員たちの疲労の色が、ギルドの空気にしっかりと残っていた。皆さん、本当にお疲れ様です。
ヴェイルはこの街でも屈指の冒険者だ。だからこそ、そう簡単にこの地を離れるわけにはいかないらしい。まずは、ギルドマスターを説得する必要があるという。
「こんなチャラチャラした見た目で……チッ」
思わず心の中で舌打ちしてしまう。自分でも理由はわからないけれど、ほんの少し、嫉妬してしまうのだ。
マスターを納得させるには、まず私が“本物の勇者”であることを証明しなければならない。その最も手っ取り早い方法――それは、マカーブルの討伐だ。
女神ステシアの言葉を思い返しながら、私はヴェイルに提案する。
「マカーブルには、多人数で挑むのは得策じゃないと、女神様がおっしゃっていたわ」
ヴェイルは腕を組み、顎に手を当てて考え込む。
「大人数が向かない、か……確かに。死神は人の魂を糧にする。数が増えれば、それだけ犠牲も増えるし、奴も力を増すってわけか」
さすがヴェイル、理解が早くて助かる。
「それなら、四人の高レベルメンバーで効率よく討伐するのが一番ね。このギルドに、適任者はいるかしら?」
私の問いに、ヴェイルは一瞬だけ考え込み、すぐに二人の名前を挙げた。
「なら、並外れた生命力を持つオーガの戦士・バルドと、樹上からの精密な射撃を得意とするアーチャー・エルマが適任だろう。死神クラスの敵は、大抵が近接戦を仕掛けてくる。バルドには最前線で盾役として踏ん張ってもらい、エルマがその隙を狙って急所を撃ち抜く。そして、できたわずかな突破口を、エミリア……君が突く。そういう形だ」
戦略立案も早い。さすがは上級レンジャー、といったところね。
「いいわ。その作戦でいきましょう。じゃあ、すぐにその二人を紹介して」
ヴェイルはうなずき、カウンターに置かれていた古風な通信装置に手を伸ばした。形は昔の電話のようだが、内部は魔導技術で動いているらしい。彼は慣れた手つきでダイヤルを回し、手早く二人に連絡を取る。
ファンタジーの世界に来たつもりだったけど、こういう技術は思ったよりも進んでいるのね。もはやスマホが出てきても、驚かないかもしれない――なんて思ってしまった。
小一時間ほどして、ギルドの扉が開いた。
現れたのは、まずひときわ目を引く大男――オーガの戦士、バルド。身の丈はゆうに二メートルを超え、岩のような筋肉の塊がゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。全身から漂う戦意に、思わず空気が引き締まるようだった。
その隣にいたのは、小柄なハーフエルフの少女、エルマ。対照的に、彼女は今にも泣き出しそうな顔で、扉の影からおずおずとついてくる。
「わ、私に……マカーブルなんて……む、無理ですぅぅ……」
足元が少し濡れているような気がしたが……まあ、気のせい、ということにしておこう。それでも彼女がここに来たのは、きっと冒険者としての意地なのだろう。
ヴェイルは二人に向かい、私が女神ステシアに導かれた勇者であること、そして魔王を討つための旅に出る使命を持っていることを、簡潔に伝えた。
最初は疑いの色を浮かべていた二人だったが、ヴェイルの真剣な表情と、私の放つ気配に何かを感じ取ったのか、次第にその顔つきが変わっていく。
「なるほど……勇者様、ですか」
バルドは顎を撫でながら、落ち着いた声で言った。「もし本当にその力があるというのなら、これほど頼もしいことはない」
さっきまで怯えていたエルマも、じっと私を見つめてきた。
「死神マカーブルを討伐できるほどの力……ぜひ、見せてもらいたいものね」
「バルド、エルマ、準備はいいか?」
ヴェイルが振り返りながら声をかける。すでに腰の弓に手をかけ、目は真っ直ぐ前を見据えていた。
「いつでも行けるぜ。久々に暴れられそうだ」
バルドは豪快に笑いながら、巨大な斧を担ぎ直す。
「こ、こんなの引き受けなきゃよかったかも……」
エルマはぶつぶつ言いながらも、矢筒の中身を手際よく確認していた。
私は黙って彼らの後に続く。腰に差した太刀が、夕陽を受けてわずかに光る。冷たく、鋭く――まるで、これから始まる戦いを知っているかのように。
ギルドで得た情報を手短に共有し終えると、街の冒険者たちが遠巻きに見守る中、私たちは静かに街を後にした。
「この空気……感じるか?」
街道を進むうちに、ヴェイルが低く呟いた。肌を刺すような、重苦しい気配があたりに漂っていた。
「ノヴァーラに入ったときから感じてたけど、今はもう、はっきり分かる」
私も頷きながら周囲に意識を集中する。
「瘴気の流れ、あれは……森の中だ」
ヴェイルが立ち止まり、わずかに頭を傾けて風を読むように目を閉じる。そして、一点を指差した。
「……あそこだ!」
黒く蠢く影が、木々の間にちらりと見えた。空気が一段と冷たくなり、背筋をつたう悪寒に、誰もが無言で武器に手を伸ばす。
「……出た!」
エルマが小さく叫んだその瞬間、影が木々の間からぬるりと姿を現した。
ガリガリに痩せた身体は骨と腐った肉の塊。顔にはピエロじみた仮面。だが、その奥でギラリと赤い光が瞬いた。獣のような眼光――明らかに、こっちを“見て”いる。
「仮面……? いや、目だ。あの奥に、確かに“意志”がある……!」
ヴェイルが低く唸った。
その背に背負っていたのは、禍々しい黒い鎌。血のような光を帯び、不気味な輝きを放っている。
「……まさか、あれが……死神マカーブル……?」
バルドの声がわずかに揺れる。
だが、その次の瞬間――マカーブルは踊り始めた。まるで我々など眼中にないかのように。カクカクと折れたような動き。それでいて、妙に楽しげなリズム。見る者の神経をじわじわ削るような、忌まわしい踊りだった。
「な、なにあれ……!? 踊ってるの……?」
エルマが硬直し、半歩下がる。
「いや、見てろ……ただの舞いじゃない……!」
マカーブルの乾いた笑いが森に響き渡る。
「ククク……ケケケケ……」
その声とともに、地面の下や瘴気の奥から、次々と魔物たちが姿を現した。腐りかけた獣、ねじれた人型の亡者――まるで踊りに引き寄せられるかのように、次々と這い出してくる。
「おい……まずくないか、これ……!」
バルドが斧を構えるが、目の奥に戸惑いが滲む。
そして――マカーブルが鎌を振るった。まるで踊りの振り付けのように、軽やかに、滑らかに。
それだけで、周囲の魔物たちが断末魔もあげられず真っ二つにされていく。
「うそでしょ……仲間まで斬ってる……!?」
エルマの手が震える。弓の弦がわずかに軋んだ。
「いや……“仲間”じゃない。あれは、ただの燃料だ……踊りを盛り上げる焚き付けだ」
ヴェイルがきつく奥歯を噛みしめる。「くそ……本物だ、間違いない。あれが伝説の……マカーブル!」
私は黙って太刀の柄に手をかけた。体が冷えたように感じたのは、恐怖のせいか、それとも――
「……みんな、気を引き締めて。来るわよ」
不思議だった。目の前の“死神”が放つおぞましい気配に、私はまったく動じていなかった。心が澄んでいる。冷たいけれど、凛とした静けさ――恐怖じゃない。
(これが……勇者の力? それとも、私自身の――)
ふと、仲間の様子が目に入る。バルドの眉間には深い皺。エルマはまだ指を震わせていて、ヴェイルでさえ表情が固い。
――この力、分けてあげられたらいいのに。
そう思った瞬間、ひらめいた。
「ねえ、みんな!」
声を張ると、三人が同時に私の方を向いた。
「大丈夫、落ち着いて!私たちは――必ず勝てる!だって……!」
私は腰の聖剣を抜いた。柄を握る手に意識を集中し、全身から溢れ出す聖なる気配を刀身に込めていく。
「私たちは……勇者だから!」
その瞬間、聖剣が眩い光を放った。まるで夜空に輝く満月のように――いや、それ以上に、清らかで温かい光だった。
「なっ……うわっ、まぶしっ!」
バルドが目を細めて光に顔を向ける。
「この感じ……瘴気が、薄れてる……!」
ヴェイルが驚いたように周囲を見回した。
「……なんか、怖くなくなってきたかも……」
エルマの声はまだかすかに震えていたが、先ほどの絶望はもうなかった。
光が木々を優しく照らし、重くのしかかっていた瘴気を吹き飛ばしていく。やがて、三人の顔に、ほんの少しだけ笑みが戻った。
私は聖剣を握り直し、微笑んだ。
(……これだ。“ブレイブハート”。これが勇者の力――みんなに、勇気を灯す力!)
「ふぅ……!」
エルマは深く息を吐き、震えていた手をギュッと握りしめた。そして弓を構え直す。
「……もう逃げない。絶対に倒してみせる!」
その瞳に、もはや怯えの色はなかった。
バルドは豪快に笑い、斧を肩に担ぎ直す。
「よし、やっと面白くなってきたじゃねぇか!」
ヴェイルは、内心の変化に驚きつつも、エミリアの放つ光に確信を深めていた。
(これが……ステシアの言っていた“力”か。恐怖を払って、希望を灯す剣……!)
エミリアは聖剣を前に構え、まっすぐマカーブルを見据えた。
「お前を……もう一度、深淵へ送り返してやる!」
そして四人は、聖剣の光を背に受けながら、踊り狂う死神マカーブルへと走り出した。恐怖を乗り越えた者たちの瞳に、今、宿っているのは――揺るがぬ意志と、勇者の覚悟。
ヴェイルの声が、まるで戦場を駆ける風のように、私たちを導いていく。
「エルマ、右の肩だ!動きが止まるぞ!」
「了解っ!」
エルマの瞳が鋭く光った。さっきまでの震えが嘘みたいに、矢をつがえる手がぶれない。
魔力を凝縮させた光の矢が、キラリと尾を引いて飛んでいく――そしてマカーブルの肩に、ピシッとヒビが走った!
「やった……!」
マカーブルの目がギラッと赤く光る。だが、苛立つ暇なんて与えない!
「オラァッ!!」
バルドが、気合い一閃、斧を振りかぶってマカーブルの鎌を迎え撃つ!
ガァンッ!
黒い鎌と斧がぶつかり合い、火花と金属音が森中に響き渡った。
「バルド!そのまま押し込め!次は左から来る!」
ヴェイルの読みがまたも冴える。
「言われなくても分かってらァッ!」
バルドは斧で鎌をがっちり受け止め、筋骨隆々の腕で押し返す。その動きに、まるでブレがない。
バルドが全身の力で鎌を受け止めていた、その刹那――
「エミリア!今だ!」
ヴェイルの声が、戦場の空気を切り裂く!
「待ってた!」
私は聖剣を強く握り、地を蹴る。
一直線に、マカーブルへ――
さっき岩を断ち切ったときと同じ、無駄のない、鋭い動き。
聖剣が、光を帯びて一直線に閃いた!
マカーブルは、バルドに気を取られていた。
その一瞬の隙。
赤い目に驚きが走る間もなく、白銀の刃が左腕を――
ズバァッ!
「キィィィィィ!」
骨が砕ける音。腐った肉が引き裂かれる音。
黒い鎌ごと、左腕が宙を舞い、ドサリと地面に落ちた。
ドロッとした黒い液体が滲み出し、地を汚していく。
伝説の魔物、死神マカーブルがついに傷を負った。
その事実が、ヴェイル、バルド、エルマの胸に確かな希望の灯をともした。
あんなに絶望的だった討伐が、もしかしたら本当に叶うかもしれない――そんな予感が広がる。
マカーブルは左腕を失い、これまで聞いたことのない悲痛な叫びを森に響かせた。
それは痛みの叫びじゃない、魂の断末魔だ。
その叫びに応えるように、瘴気が濃くなり、黒い影が次々と現れる。
翼をバサバサと鳴らすダークバットの群れ。
地を這う赤い目をした黒犬、ダークドッグたち。
ヴェイルたちはあっという間に囲まれた。
「やばい!数が多すぎる!」バルドが叫ぶ。
マカーブルが仲間を呼んだのだ。
コウモリの群れに黒犬の群れ、空も地面も敵だらけ。
完全に包囲されてしまった!
「ヴェイル!どうするんだ!」バルドが焦りながら叫ぶ。
「落ち着け!」ヴェイルは冷静そのものだ。「エルマ、空から来るコウモリをまず片付けろ。見た目は怖いが、一匹ずつなら弱いはずだ。バルド、犬たちはお前が食い止めろ。エミリアはマカーブルに集中しろ!」
指示は的確で迅速だ。エルマは魔力を込めた矢を放ち、降り注ぐコウモリを次々と撃ち落としていく。しかし、数は多すぎてまるで黒い雨のように降り注ぐ。
バルドは巨大な斧を豪快に振り回し、襲いかかる黒犬たちを薙ぎ払う。犬たちは一撃で吹き飛ぶが、すぐに別の敵が牙を剥いて襲いかかる。地面はすでに犬の毛と血で汚れていた。
ヴェイルも短剣を抜き、迫る敵を迎え撃ちながら、周囲の状況を冷静に把握している。彼の研ぎ澄まされた感覚が敵の動きを読み取り、「エルマ、三時の方向、三匹接近!」「バルド、後ろだ、一匹回り込んだぞ!」と次々に声を上げる。まるで空間全てが見えているかのようだった。
一方、マカーブルは左腕の痛みをこらえながらも、背後の敵に気を取られず、再び黒い鎌を構え直す。
そのとき、私の視線はマカーブルだけを捉えていた。聖剣から放たれる清らかな光が、私のまわりを包み込み、まるでオーラのように輝く。その光に、マカーブルは一瞬だけ動きを止めた。今だ――!
巨大な鎌を振り上げようとした瞬間、私は地面を蹴り上げ、一気に加速する。風を切るような速さで、かつて陸上トラックを駆け抜けたあの疾風のように、戦場を舞う蝶のように軽やかに動き、マカーブルの脇腹へ一直線に突き進んだ。
聖剣は私の動きと完全にシンクロし、三日月のような美しい軌跡を描く。
これはただの剣術じゃない。魂の共鳴が生み出した、私だけの奥義。エミリアとして磨いた技術に、エミーナから教わった体術、そしてエミールの聖光気が一つになり、新たな戦闘スタイルが開花したんだ。
私の剣は高速で動き、まるでレーザーのようにマカーブルの鎌をかすめ、骨の隙間を狙って斬りつける。硬い衝突音じゃなく、風が吹き抜けるような爽快な音を立てて、骨や肉を削っていく。
動きは速すぎて周りが止まって見えるほどで、ヴェイルの目も追いつけないらしい。私の残像が光の線のようにマカーブルの周囲を何重にも取り囲んでいるのが見える。
マカーブルは焦りながら鎌を振り回すけど、私には全く触れられない。
「これが……勇者様の力か……!」バルドが斧を振りながら驚きの声をあげる。
エルマも矢を放ちつつ、「まるで踊っているみたい……!」と感嘆の声を漏らした。
ヴェイルも冷静に戦況を見つつ、私の動きに驚きを隠せない様子だ。彼が知るどんな剣術とも違い、ただ強いだけじゃなく、優雅で、何よりスピードがケタ違いだと感じているようだった。
聖剣がキラリと輝くたびに、マカーブルの骨と腐肉の体に、新しい傷が次々と刻まれていく。最初は余裕たっぷりだったヤツの動きも、だんだん焦りに染まってきた。眷属たちが懸命に足止めしてくれている間に、私は確実に死神を追い詰めている。
私の舞いは最高潮に達し、聖剣はまるで光の鞭のように私の意志と一体化して、マカーブルの全身を容赦なく切り裂いていく。骨の鎧も腐った肉も、もうボロボロだ。動きも鈍くなり、隙だらけになってきた。
その時、深く息を吸い込み、聖剣を天に高く掲げる。剣先からはこれまで以上に眩い光が放たれ、暗闇だった森が一瞬で昼のように明るく照らされた。体中から聖なる力が溢れ出し、ヴェイルたちの目にもはっきりと見えるほど、聖剣に流れ込んでいく。
「これで…終わりだぁぁぁ!」
私は全身全霊を込めて、聖剣を振り下ろした。
「神閃光剣――ッ!!」
その瞬間、剣から放たれたのはただの刃じゃない。純粋なエネルギーが凝縮された奔流だった。まるで天から降り注ぐ稲妻のようなスピードで、マカーブルの頭蓋へと突き刺さる。
轟音とともに、マカーブルの頭蓋骨は粉々に砕け散った。赤く燃えていた瞳の光は消え失せ、恐怖を振りまいたあの顎は力なく地面に落ちた。
巨体はまるで砂の城が崩れ落ちるかのように、ゆっくりと確実に崩壊を始める。骨はバラバラに砕け、腐肉は塵となって風に舞い、やがて死神マカーブルの姿は跡形もなく消え去っていった。
マカーブルが消えた瞬間、あれほど濃かった瘴気がまるで嘘のようにサーッと晴れていった。重苦しく淀んでいた空気は一変し、森にはかすかな木の香りと静寂が戻ってきた。
マカーブルの眷属たちも、主の死を察したのか、悲鳴のような断末魔の声をあげながら、次々に姿を消していく。残されたのは、激闘の跡を物語るわずかな焦げ跡、そして砕け散った骨の破片だけだった。
ヴェイル、バルド、エルマは息を呑み、その光景を見守っている。伝説の魔物、そして一国すら滅ぼすと恐れられた死神マカーブルが、確かにこの目の前で消え去ったのだ。
私は全ての力を振り絞り、燃え尽きたように息を荒げながらも、心の奥には満足感と安堵の色がじんわりと広がっていた。長く背負ってきた重い使命の一つが、ようやく終わったのだと実感しながら。
ヴェイルが静かに近づき、深々と頭を下げる。
「エミリア……いや、エミリアさん。本当に……ありがとうございました」
バルドも笑みを浮かべ、肩を叩きながら言った。
「あんたは、マジですげぇ女だ!」
エルマはぽろぽろと涙をこぼし、小さく頷いた。
「勝てた……勝てたァァぁ!助かりました……本当に……」
私たちは、長く厳しい戦いの果てに、確かな希望を掴んだのだった。
空には朝焼けのやわらかい光が差し込み始めていた。激しい戦いのあと、森は静けさに包まれている。四人はお互いの無事を確かめ合いながら、ここまで生き抜けた喜びを分かち合っていた。
「これで一つ、大きな壁を越えたんだね…」私は小さく呟く。
ヴェイルは真剣な表情で、「この戦いは始まりにすぎない。リアムのためにも、もっと強くならないと」と拳を握りしめた。
その時、私はゆっくりと目を閉じた。体から柔らかく、暖かな光がぽわんと広がり始める。戦いの光とは違う、生命を感じる光――エミールの癒しの力が、じんわりと溢れ出していた。
両手をそっと広げると、その光は周囲の大地や木々に触れ、枯れた枝に緑が戻り、乾いた土からは若草が顔を出す。傷ついた森が、まるで時間を巻き戻すかのように、生き返っていく。
「なにこれ…すごい……」エルマが涙ぐみながら呟いた。
バルドは目を丸くして、「まるで魔法だな…死神の跡が全部消えていく」 と驚きを隠せない。
空では、小鳥たちが元気にさえずり、怯えていたウサギたちがぴょんぴょん跳ね回っている。
「こんな光、初めて見たよ…」ヴェイルが静かに言った。「エミリアの力は、敵を倒すだけじゃない。命を蘇らせるんだな」
私はゆっくり目を開けて、皆に微笑んだ。
まだまだこれからだけど、きっと大丈夫。私の中にいる私たち4人が一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がする。