「アルベロッソ市の冒険者ギルド リヴァージュ・ブルー」
翌朝、清々しい目覚めと共に、体が鈍らないよういつものルーティンをこなす。宿の温かい朝食を済ませ、女将のガーダ・ロワ・マリーに別れを告げてチェックアウト。いよいよ、ノヴァーラの南に位置する都市、アルベロッソへと向かう。
街の停留所には、トゥクトゥクを思わせる三輪の乗り合いバスが停まっていた。それに揺られること二時間。舗装されていない道も多いのか、お尻が少し痛くなった頃、目的地へと到着した。馬車や徒歩での移動が当たり前だと思っていただけに、文明の利器に少し安心する。
南国特有の、どこか塩辛い潮風が心地良い。空は抜けるように青く、白い壁の家々が陽光に照らされている。本当にこの街は、女神様が言っていたような危機に瀕しているのだろうか。あまりの平和な雰囲気に、思わず気が抜けてしまいそうになる。けれど、こんなにも美しい街を、死の都に変えるわけにはいかない。私は、この街の冒険者ギルドを探すことにした。
新鮮な魚介を使ったランチに舌鼓を打ちながら、街をゆっくりと歩き回る。夕暮れが近づいた頃だろうか。ついに、目的の場所を見つけた。『ギルド リヴァージュ・ブルー』。一見すると、洒落たオーシャンビューのバーのような佇まいだ。これが、この世界のギルドの一般的な姿なのだろうか。
扉の向こうからは、ざわめきにも似た声が聞こえてくる。気になって耳を澄ますと、皆が口々に「マカーブル」という単語を繰り返している。やはり、奴らはすぐそこまで迫っているのだ!
壁の陰に身を潜め、気配を探る。しかし、エミリアの鋭敏な知覚能力をもってしても、その恐ろしい敵の存在を捉えることはできない。こんな近くまで来ていたのに!得体の知れないプレッシャーが、じわりと肌を粟立たせる。
私は少し早足で、ギルドの中へと足を踏み入れた。
騒然とした雰囲気の中、ギルドの中央で、ひときわ冷静さを保っている男がいた。すらりとした浅黒い肌の、かなりのイケメンだ。黒髪にエキゾチックなターバンを巻き、一見すると派手な装飾品に見えるそれは、全てが精巧な魔道具で、微かな音すら立てていない。エミリアとエミーナの研ぎ澄まされた感覚が、彼が明らかに上級のレンジャーであることを告げていた。
彼は、怯えた様子の商人に対し、落ち着いた声で丁寧に話しかけている。
「詳細をしっかりと確認する必要があります。もし本当にマカーブルが現れたのであれば、一刻も早く対処しなければなりません。」
おっと、この声、ただ者じゃない。かつてオタクだった私の、隠された能力がそう告げている。
彼が奥へと移動しようとしたため、私は少し慌てて声をかけた。い、いきなり声をかけるなんて、まるで逆ナンじゃないか!こういう時こそ、経験豊富なエミーナ姉さんがいてくれたら……。
「あなたが、ヴェイル・アグラディアですね。」
私の問いかけに、彼は少し訝しげな表情を浮かべ、こちらを向いた。「オレが、ヴェイル・アグラディアだが……」
おおお……眩しい!イケボすぎる!もし、恋愛経験が皆無の私やエミールだけだったら、間違いなく一瞬で堕ちていたかもしれない。恐るべし、ハーフダークエルフ。
私は、彼の瞳をまっすぐに見つめながら、静かに言葉を紡いだ。「あなたに、お話があるの。私の名前はエミリア。女神ステシアより、勇者として力を授かった聖剣士よ。」
「エミリア……さん?あなたが、私に話があるというのは、一体どのようなことでしょうか?」
彼の警戒の色を帯びた視線を受け止め、私は覚悟を決めて続けた。「あなたに、力を貸してほしいの。」