「二度目の女神の夢」
ふと気がつくと、見慣れたはずの高校の教室に私は立っていた。腕には紛れもない、紺色のブレザーの感触。ああ、これは夢だ。
四つ並んだ机に目をやると、信じられない光景が広がっていた。なんと、私の分体たちがそこに座っているではないか!左から順に、息をのむほど美しい銀髪のエミール、私自身、そして隣には見慣れた勝気な顔のエミリア、一番右にはクールな紫髪のエミーナ。
記憶の中で何度も見てきたけれど、こうして本人たちを目の前にすると、やっぱりどうしようもなく緊張してしまう。
「へへ……どうも、初めまして……」
照れ隠しのように、久しぶりの黒髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。ああ、私はやっぱり日本人なんだなぁ。
彼女たちは、ただ微笑んでいる。言葉を発することはない。やはり、私の記憶の断片が作り出した幻影なのだろうか。
その時、けたたましい学校のチャイムが鳴り響き、教室のドアがガラガラと音を立てて開いた。
そこに現れたのは、シルクのような光沢を放つ服を身にまとった、息をのむほど美しい女性だった。先生……?いや、違う。あの雰囲気は間違いない。多分、女神様だ!
以前とは全く違う姿に、私は思わず間抜けな顔をしてしまう。
ハッとして顔を上げると、三人の分体はすでに立ち上がり、恭しく頭を下げている。私も慌てて後に続き、ぎこちなく礼をした。
「久しぶり、エミ!元気だった?」
以前の威厳のある雰囲気とは打って変わって、やけにフランクになった女神様が、親しげに私に話しかけてきた。
「あ、え、は、はい。元気、です……??」
変わりすぎた雰囲気に、咄嗟に間抜けな返事をしてしまった。
「雰囲気が変わってびっくりしてるでしょう?私たちはあなたの作ったイメージで、見た目も言葉も変わるのよ。今は世界に慣れたから、あなたは私にこういうイメージをつけたの。どう?」
少しばかり軽薄そうになった女神様は、くるりと一回転して、可愛らしいポーズを決めた。
(あざとい……まぁ、いいか。)
「ステシア様、私は一体、誰を探せばいいんですか?」
「それなんだけどね、ノヴァーラの南ギルドに行ってほしいの。そこでリーダー格の、ハーフダークエルフのヴェイル・アグラディアっていう男性がいるわ。」
「ハーフダークエルフの男性……」
飛び交うファンタジー用語に、改めて自分が異世界にいることを実感する。
「先生、その人の見た目とか特徴とか、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」
「先生じゃなくて女神様よ。まぁ、先生もいっか。見た目はこう……黒髪で、バンダナで、ギラギラで……」
女神様は、身振り手振りを交えながら説明しようとするが、どうにも要領を得ない。
「先生、説明下手ね。」
不親切というよりも、そもそも表現力が乏しいのかもしれない。
「似顔絵とか写真とか、何か参考になるものはないんですか?」
「その世界では、私たちもちゃんと姿を見ることはできないのよ。似顔絵ね……絵なら得意よ!」
そう言うと、女神様は教室の黒板に向き直り、チョークを走らせ始めた。
「え……子供が描いたピカソじゃん……前衛的すぎるよ先生。」
抽象的すぎて、もはや何が描かれているのか全く理解できない。
「ええっ!?そんなにアートかしら。」
頬を赤らめ、照れくさそうに言う女神様。
「全然褒めてませんよ!これじゃ全然わからないって!なんか、ピアスみたいなのをしてるのは分かったけど……」
他の三人の分体は、相変わらず無言だが、どこか楽しげな様子でこちらを見ている。その様子に、私の心も少し和んできた。
「まぁ、先生が不親切なのは今に始まったことじゃないし、とりあえずこれで探してみるよ。」
「え~、そんなぁ。」
女神様は、露骨にがっかりした表情を浮かべた。
「あ、そうだ。名前の吹き出しが出てたけど、あれは新しい能力ですか?名前だけでも、正直すごく嬉しい能力でしたよ。」
先ほどまでしょんぼりしていた女神様の顔が、パッと明るくなった。
「そうなの!やっと新しい能力を付けられたのよ。まだまだアップデートしていくから、楽しみにしててね!」
そして、女神様は一つ息を吸い込み、背筋をピンと伸ばした。先ほどの軽薄な雰囲気は消え、その表情には神々しい威厳が宿っている。
「これから、大変な戦いが始まります。マカーブルとの、命をかけた戦いになるでしょう。世界の命運は、あなたの双肩にかかっています。ですが、大丈夫。あなたは必ず、新たな仲間を見つけ、その力で困難を乗り越えることができると信じています。私にできる最後のアドバイスは、マカーブルは集団戦において、非常に強力な力を発揮するということ。パーティメンバーは、それぞれの役割をしっかりとこなせる、精鋭四名で構成してください。」
お、ようやく女神様らしい、重みのある言葉が出てきた。
「わかりました、女神様。なんだか、無性にやれる気がしてきました。必ず、やり遂げてみせます!」
そうだ。この世界での生活にも慣れ、身体能力も向上した今なら、昔のような自信が確かに戻ってきている。
女神様は、慈愛に満ちた優しい微笑みを湛え、私を見つめていた。その温かい眼差しを感じた瞬間、意識はふわりと浮遊し、夢の世界は静かに霧の中に溶け去っていった……。