商才ゼロ vs 商才エリート、交渉の行方
ルクレイアの市場の一角。
レアナは、レイゼン商会の商店の前で大きく息を吸った。
「よし……やるしかない!」
目的は、オーダーメイド商店の材料調達。
しかし、相手はこの界隈では有名な強かな商人。
ちーこのデータによれば、「価格を吊り上げ、足元を見てくる交渉のプロ」。
「レアナ、お前の“商売人としての腕”が試されるぞ?」
スピカが軽く羽を広げ、くちばしを鳴らした。
その言葉に、レアナは内心ドキッとする。
(そ、そんなの私にあるのかな……)
それでも、逃げるわけにはいかない。
ちーこのデータとスピカの直感、両方を活かしてこの交渉を成功させるしかない。
「ちーこ、準備はいい?」
「ちーこは完璧なのです!」
浮かぶ白い球体を横目に、レアナは店の扉を押した。
店内には、香草ティーや高級スパイスがずらりと並んでいた。
その奥、カウンターの向こうで腕を組んでいたのが、この店の店主エグバート・レイゼン。
恰幅のいい体格に、ニヤリと笑う口元。
「へぇ……ダリオの娘さんか。珍しいね、お嬢ちゃんがうちに来るとは。」
「私はレアナ・バレンティーノ。オーダーメイド商店を始めるため、香草ティーの材料を仕入れたいの。」
「ほぉ?オーダーメイド商店?へぇ……面白いねぇ。」
店主の目が光った。その表情には、明らかに値を吊り上げるつもりの空気が漂っている。
(くっ、予想通り……)
「で? どのくらい欲しいんだい?」
「まずは少量から試したいわ。五十袋程度で。」
「ふむ……なるほどね。」
エグバートはカウンターの奥に座り、どっしりと椅子に寄りかかった。
「だったら、一袋銀貨五枚でどうだ?」
「——えっ!? 高すぎる!」
レアナは思わず声を上げた。
「普段は一枚半のはずよ!?」
「そうさ。でも、お嬢ちゃんの店は“新しい”んだろ? 新しい商売ってのは、リスクがあるからねぇ。」
「リスクって……!」
「もしお嬢ちゃんの店がすぐ潰れたら? うちの材料は売れ残る。だから、先に儲けさせてもらわないとね。」
「ぐぬぬ……!」
完全に足元を見られている。
(このままじゃ、買い叩かれる……!)
その時——
「統計的に、レイゼン商会の取引先は最近減少傾向にあるのです!」
浮かぶちーこのセンサーが、ピカッと光る。
「えっ?」
「データによると、最近“より安く質の良い香草ティーを扱う競合”が増えているのです!」
「……なに?」
エグバートの表情が一瞬硬くなった。
(ちーこ、ナイス!)
レアナはすかさず畳みかける。
「だったら、私に適正価格で売ったほうが得なんじゃない?」
「……なかなか口が回るねぇ。」
エグバートは低く笑った。
「でもねぇ、お嬢ちゃん。そのデータを信じて、もしうちの商品が売れなくなったら?」
「……!」
(ぐぬぬ、やっぱり百戦錬磨の商人……そう簡単に揺らがない!)
「なら——試してみたら?」
レアナは一歩前に出る。
「今は私の店の価値が分からないから、あなたはリスクを嫌がってるんでしょ?」
「そりゃそうさ。」
「だったら、少量だけ、適正価格で売って。」
「……ほぉ?」
「もし私の店が上手くいったら、今後もっと大量に買う。あなたにとっては、新しい安定した取引先ができるってことよ。」
「……」
エグバートの目が細まる。
(どうだ……いけるか!?)
店主はしばらく考えた後、ふっと鼻を鳴らした。
「面白いお嬢ちゃんだねぇ。」
「それで?」
「いいだろう。試しに五十袋、一袋二枚で売ってやるよ。」
「やった!」
交渉に勝ち、満足気に店を出たレアナ。
「スピカ、ちーこ、ありがと!」
「でんと胸を張れ、俺の勘は外れねぇ!」
「データ的にも、最適解だったのです!」
レアナは二人とハイタッチ(スピカには手を、ちーこには軽く触れるだけ)し、笑顔を見せる。
しかし、その時——
「なかなかやるね。」
静かな声が背後から聞こえた。
振り向くと、そこにいたのはユリウス・ルーエン。
「君がそこまでやるとは、正直思ってなかった。」
「……ユリウス!」
彼は相変わらずの落ち着いた態度で、静かにレアナを見つめる。
「でも、商売っていうのは、仕入れた後に本番が始まるもの だよ。」
「……!」
「君の商売が本当に上手くいくかどうか、楽しみにしてるよ。」
「ふん、見てなさい! 絶対成功させるから!」
ユリウスはわずかに微笑み、去っていく。
その背中を見ながら、レアナの胸に新たな闘志が灯る。
(そうよ、仕入れは第一歩……本番は、これから!)
ユリウス・ルーエン —— 大陸最大の商会「ルーエン商会」の若き後継者。
冷静かつ理知的な商売人で、正々堂々と勝負するが、決して甘くはない。




