私が本当に売りたいもの
ルクレイアの高級街。
社交サロン「エリオット・サロン」でのティー販売は順調に進んでいた。
レアナは帳簿を見つめながら、久しぶりに安堵の息をつく。
「……やった!黒字になった!!」
赤字寸前だった資金は、なんとか持ち直し、在庫も半分以上が売れた。
ちーこのデータ分析のおかげで、ターゲット市場を変えたことが大成功だった。
——でも。
ふと、心の奥に妙な違和感が広がる。
(これって……私が本当に売りたかったもの?)
手元のティーの袋を見つめる。
利益は出た。商売としてはうまくいった。
でも……何かが引っかかる。
「お前、結局“売れるもの”を売ってるだけじゃねぇの?」
スピカの言葉が脳裏でリフレインする。
倉庫に戻ったレアナは、テーブルの上にティーの袋を置いて、じっと見つめていた。
その横で、スピカがくちばしを鳴らして、レアナをじっと見つめる。
「……で?お前、これで満足したのか?」
「え?」
「商売ってのは、儲かったらそれで終わりなのか?」
「……な、何が言いたいの?」
レアナは戸惑いながらも、スピカの真剣な目から目をそらせなかった。
「別にいいんだよ、売れるもの売って金稼ぐのは間違っちゃいねぇ。だけどさ、お前が最初に“商売をやろう”って思ったのって、こんな感じだったか?」
「……っ」
レアナは言葉を失う。
最初に商売を始めた理由。
それは—— ダリオやオスカー、ライナーたちに見返したかったから?
それとも—— 自分が“本当にやりたいこと”を見つけたかったから?
スピカのくちばしがトン、とティーの袋を軽くつついた。
「お前、これを本当に“売りたい”と思ってるのか?」
「……!」
ふわりと白い球体が浮かび上がる。
「データによると、レアナの表情が“悩んでいる時”の典型的パターンに一致するのです!」
「いちいち分析しないで!」
レアナはうめきながら、ちーこを睨んだ。
「でも……ちーこ。商売って、ただ売れればいいの?」
「統計的には、“売れるもの”を売るのが基本なのです!」
ちーこは自信満々に答える。
「売れる商品を選定し、適切な価格を設定し、需要に合わせた販売方法を構築する。これが商売のセオリーなのです!」
「……そう、だよね。」
正論だ。
ちーこのデータがあったから、私は利益を出せた。
でも——それだけで、本当にいいの?
「ちーこ、今のデータベースの中に、“成功した商人”たちの共通点ってある?」
「もちろんなのです!」
ちーこのセンサーが光る。
「成功した商人たちは、みな**“売ること”以上に、“自分の商売の意義”を大切にしている**のです!」
レアナは息をのんだ。
「たとえば?」
「データによると、伝説の大商人“ガルベス・オルティア”は、**“人々の暮らしを豊かにするため”**に商売を続けていたのです!」
「……人々の暮らしを……」
「統計的に、成功者の多くは単なる“利益”ではなく、自分の信じる価値を売っているのです!」
レアナはゆっくりと目を閉じた。
(私が、本当に売りたいものって——?)
ティーの袋に手を伸ばし、ぎゅっと握る。
売れたのは嬉しい。儲かったのも嬉しい。
でも、私はこれを売ることに“心からの誇り”を感じてる?
(違う……)
その時、不意に思い出したのは スピカと過ごした時間 だった。
両親がいなくなり、スピカだけがそばにいた日々。
泣きたい時も、悲しい時も、スピカがいてくれた。
スピカはただの鳥じゃない。
私の家族で、一番大切な存在。
「……スピカ」
「ん?」
「私ね、ティーを売るのが嫌なわけじゃない。でも……私は、もっと大事なものを売りたい。」
「ほぉ?」
「“誰かを支えるもの”とか、“誰かを笑顔にするもの”とか……そういうものを商売にしたい!」
スピカは満足そうにくちばしを鳴らした。
「でんと胸を張れ。それが、お前が見つけた答えだろ?」
レアナは、ぐっと拳を握る。
(そうだ、私はただの商才ゼロじゃない。私は……私なりの商売ができる!)