データが正解?でも、何かが違う
市場の片隅、倉庫の前で力なく座り込むレアナの前で、ちーこが淡々と分析を続けていた。
「現在の状況をまとめるのです!」
白く輝く球体がふわりと浮かび、機械的な声を響かせる。
「問題点①:在庫過多、資金繰りが悪化中」
「問題点②:ターゲット市場の選定ミス」
「問題点③:価格設定が不適切」
「問題点④:宣伝の戦略なし」
冷静に並べられる“失敗のリスト”。レアナはガクガクと震えながら、耳をふさいだ。
「わ、わかってる……!もう言わなくていい!」
「わかっていないから、今こうなっているのです!」
「ぐはっ!!」
レアナの心に容赦なく突き刺さる正論パンチ。横でスピカがくちばしを鳴らして笑った。
「いや~、ちーこ、お前なかなか鋭いな。」
「ちーこは完璧なのです!」
レアナはフラフラと立ち上がると、なんとか気を取り直してちーこをにらんだ。
「で?その完璧なちーこ様は、どうすればこのピンチを脱出できるっていうの?」
「対策を提案するのです!」
ちーこのセンサーが光り、浮かび上がったのは詳細なデータ。
「第一に、富裕層の購買層へ直接売り込むのです!」
「……それ、さっき私も考えて失敗したんだけど?」
「データによると、貴族の屋敷周辺ではなく、富裕層が集まるサロンや社交場での直接販売が効果的なのです!」
ちーこの言葉に、レアナは目を丸くした。
「サロン……そうか、確かに貴族の奥様たちは市場に来ないけど、社交の場で新しいものを試したりするって聞いたことある!」
「統計的に、社交界での“流行”は口コミで爆発的に広がる傾向があるのです!」
レアナはゴクリと唾をのんだ。
「なるほど……じゃあ、次の行動は決まったわね!」
その横でスピカが静かに翼を広げ、レアナをじっと見た。
「お前、それでいいのか?」
レアナはスピカの方を振り向いた。
「え? 何が?」
「いや……なんでもねぇよ。」
スピカは目を細め、首をかしげた。
レアナは一瞬ひっかかるものを感じたが、今はそれよりも商売を立て直すことが先決だった。
「よし、富裕層のサロンに売り込む!」
「ちーこの計算によれば、成功率は72%なのです!」
「思ったより低いな!?」
ルクレイアの中心部、高級街の一角にある「エリオット・サロン」。
ここは貴族や上流階級の女性たちが、最新の話題やファッション、嗜好品について情報交換をする場だった。
レアナは清潔な服に着替え、サロンの入り口で深呼吸をする。
(よし……今度こそ!)
扉を開くと、装飾の美しい部屋の中に、着飾った貴族の奥様方が集まっていた。
(ここで……どうやって売り込む?)
「データによると、最初に信頼を得ることが重要なのです!」
ちーこが小声でアドバイスする。
「つまり、試飲を提供し、品質を実感してもらうのです!」
「なるほど!」
レアナは持ってきたティーセットを取り出し、淹れたての香草ティーを奥様たちに振る舞った。
「まあ、素敵な香り!」
「ほんのり甘みがあって、美味しいわ!」
徐々に興味を持ち始める奥様方。手ごたえを感じたレアナは、自信を持って商品の説明を始める。
「この香草ティーは、貴族の間で流行の兆しを見せています!美容にも良く、心をリラックスさせる効果があるんです!」
「まぁ、それは素敵ね!」
(……いける!これはいける!)
レアナは心の中でガッツポーズをした。
サロンでの販売は順調に進み、数日後には在庫の半分が売れた。
赤字を回避し、ようやく黒字に転じたレアナは、満足そうに帳簿を見つめる。
(やった……!ダリオにもこれで見返せる!)
しかし、ふとした瞬間、違和感が胸をよぎった。
売れているのは嬉しい。儲かるのも嬉しい。
だけど……。
(これって……私が本当に売りたいもの?)
レアナは、手元のティーの袋を見つめた。
その横で、スピカが静かに言った。
「お前、結局“売れるもの”を売ってるだけじゃねぇの?」
レアナの指がピクリと止まる。
「……なに?」
「いや、別に悪いとは言わねぇ。でもさ、最初に“売りたい”と思ったのって、そういうことだったのか?」
スピカはまっすぐにレアナを見た。
ちーこのデータが正しかったのは間違いない。売れるものを売ることで、商売としては成功に近づいた。
だけど、それだけでいいのか?
「……っ!」
レアナの心に、妙なざわめきが広がった。