失敗に次ぐ失敗、商売は甘くない
市場の喧騒の中、レアナは自信満々に立っていた。目の前には、きちんと並べた香草ティーの袋がずらりと並んでいる。
「よし、これで私の実力を証明する!」
育ての親であるダリオに「商才ゼロ」と言われた屈辱を晴らすため、彼女は独力で商売を始めることにした。
貴族の間で話題の香草ティー。
これを仕入れて売れば、間違いなく利益が出るはずだった。安く買い、高く売る。それが商売の基本である。
「貴族も飲んでる香草ティーです!美味しくて健康にもいいですよ!」
市場の客に向かって呼びかける。しかし、通行人たちは足を止めることなく通り過ぎていく。興味を示す者すらほとんどいなかった。
(……あれ?)
隣の屋台では、焼きたての肉の串が並び、香ばしい匂いが漂っている。通りがかった客がふらりと吸い寄せられ、次々と買っていくのが見えた。
一方、自分の前に積まれたティーの袋は、何の匂いも発していない。**視覚的なアピールが弱い。**それは明らかだった。
それでも諦めるわけにはいかない。
「やっぱり宣伝よね!」
レアナは姿勢を正し、より大きな声で叫んだ。
「買ってください!今なら特別価格です!」
しかし、通行人はほとんど振り向かない。
「貴族が飲んでるんですよ!?どうして買わないんですか!?」
声のボリュームを上げたところで、状況は変わらなかった。
隣で見守っていたスピカが、ぽつりとつぶやく。
「……お前、それ、自分で飲んで美味しいと思ったのか?」
レアナは、一瞬固まった。
「……え?」
スピカは小さな翼を広げ、首をかしげる。
「いや、だからさ。お前、これを“売りたい”のか?それとも、“売れそう”だから売ってるのか?」
レアナは困惑しながら、スピカを見つめた。
「スピカ、それは違うの。商売っていうのは、売れるものを売るのよ!」
彼女は優しくスピカの頭をなでた。
「可愛いねぇ、スピカ。でも、商売のことは鳥にはちょっと難しいかな?」
スピカは頬を膨らませ、羽をバタつかせる。
「おいおい、可愛い扱いすんな!俺はマジで言ってんだけど!」
「はいはい、ありがとね。おやつにナッツ買ってあげるから。」
「ちがう!ナッツじゃねぇ!」
レアナは笑いながらスピカをなだめたが、頭の片隅には違和感が残った。しかし、すぐに気を取り直し、再び商売に集中する。
(とにかく、売れなきゃ話にならない!)
レアナは次なる策を講じた。
「場所が悪かったのよ!ここは庶民向けの市場だし!」
そう考えた彼女は、屋台をたたみ、貴族の屋敷が近い高級街へ移動した。
しかし、数時間経っても客は一人も来なかった。
(おかしい……この近くには貴族が住んでいるはずなのに……)
そこで、彼女はある重大な事実に気づく。
貴族は、市場で買い物をしない。
スピカが呆れたように言った。
「お前、貴族って普通は召使いに買わせるもんじゃねぇの?」
レアナは口を開いたまま固まった。
「……っ!」
だが、負けるわけにはいかない。今度は、価格を大幅に下げることにした。
「今なら半額!!」
しかし、これも大失敗だった。
貴族向けの高級品を安売りしたことで、「この商品は安物だ」という印象を与えてしまった。
スピカはため息をついた。
「お前さ、安いものに高級感を感じると思うか?」
レアナの手がわずかに震えた。
「……っ!」
(どうして…?どうして売れないの!?)
次に思いついたのは、宣伝方法の改善だった。
「美味しいです!!!飲んでみてください!!!!!」
だが、その場で大声を張り上げるだけでは、誰の興味も引けなかった。
「……お前、もうちょっと考えろよ。」
スピカの冷静な声が、レアナの耳に届く。
(……なんでこんなにダメなの?)
資金は尽きかけ、倉庫には売れ残ったティーの袋が山積み。
完全な行き詰まりだった。
力なく座り込むレアナの視界に、白く光る球体がふわりと浮かんでくる。
「データによると、これは“在庫地獄”の典型なのです!」
耳慣れた無機質な声。
「……ちーこ?」
白い球体のポンコツAIは、光るセンサーを向けながら、淡々と続ける。
「統計的に、これは“典型的な初心者の失敗パターン”なのです!」
レアナの顔がひきつる。
「……うぐっ……」
「さらに、富裕層向け商品を庶民市場で売るのは“致命的なミスマッチ”なのです!」
「……うっっ……!!」
「そして、原価計算を考えない価格設定は、“長期的には赤字転落コース”なのです!」
「ぐわああああ!!!!もうやめてえええ!!!!!」
スピカが苦笑しながら、レアナの肩をつついた。
「おい、こいつメンタル崩壊しかけてるぞ。」
「事実を述べただけなのです。」
ちーこは冷静に答えた。
レアナは両手で顔を覆い、ガタガタと震えた。
(もう……ダメかもしれない……)
「ちーこは完璧なのです!では、解決策を提案するのです!」
商才ゼロ、瀕死状態のレアナに、一筋の光が差し込む。