表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

血の繋がっていない姉妹

「しょうがない…また頼ることになるけど、確かここからそう遠くは……」

どうやら森の中にいるようだ。

辺りは紫がかった濃い霧が立ち込めていて、薄暗い。

どうやら女の人に後ろから支えられながら、白い鹿らしい何かに乗っているみたいだ。

森の中を走っているのに、足音が全くしない。

黄色くうねっている角の先の方は、苔や草花が咲いている。

また、その角からは赤い飾りと明るく光るものがついていた。

周りに狼達はいなかった。

いきなり体に痛みが戻ってきて、必死に堪える。


「あの…」

恐る恐る俯きながら、話しかけてみる。

「あれ、起きてたの?まだ寝てた方が楽だったかもしれないのに」

妙に静まりかえった森で、聴こえてくるのは低いこの人の声と自分の荒い息だけだった。

空気が重く、なんていうのだろうドロッとしていて体の動きに合わせて揺らぐ。

重い空気が体にのしかかり、傷を刺激している。

「ごめんね、あたしの力じゃあ治せなさそうだから知り合いに連れて行こうと思う」

「えっと…」

「ああ、あたしはリン・ポルックス・ロエル。

リンでいい。

気ままに旅をしている。

この世界は本当に飽きないんだよな〜。

あんた、名前は?」

名前?名前…えっと。

……


「覚えてない…覚えてないよ!名前が…」

思わず振り向いてしまった、涙が…

大きな喪失感に襲われる。

今まで少しも姿を見ていなかったがリンは、高身長、茶髪美人だった。

おしゃれな深緑のつなぎを着ていて、茶色の編み上げロングブーツを履いている。

腰に二つのサバイバルナイフ。

リンは急に振り向かれてギョッとしていたが、優しそうに微笑んで、

「大抵の人はこっちにくる間に前世のことを忘れるみたいだね。

人によって程度は違うけど。

ここでの名前を決めちゃいなよ。

それともさっさと転生する?」

「転生とかあるんですか⁈」

死んで一度転生したのと同じようなものなのに。

「まぁね、ある国に転生するための大きな扉があるんだ」

リンは、導く仕事とかしてなさそうなのに何でそんなこと知ってるんだろう。

考えたらもっと傷が疼くような気がして、考えないことにした。

名前、ねぇ…


霧は一層濃くなり、微かに川の音が聞こえる。

「そこだよ」

霧の中に見えたのは、石で出来た小さな家だった。

ドアを開くとコロンコロンとこもった、それでいて暖かい音がした。

埃が舞うなか、様々な薬の匂いがたちこめている。

「いらっしゃいませ」

カウンターには、銀髪の少女がいた。

ローブを羽織り、腰には真っ二つになった般若の面をつけていた。

白く透き通った顔にほんのり紅い唇はぷっくりとしていて、美しい。


「今日はどういったものを…」

薬草をすり潰すのをやめてこちらに目を向けた。

「あら、リンじゃない。

久しぶりね。

次は何?何しでかしたの。

もう手伝わないから、帰って」

そう言ってまた薬を作り始めた。


「今回は違うって!

亡者が襲われていたから助けたんだ。

怪我してる、治してやってほしい」

少女はカウンターから出てきてくれた、溜息が聞こえたような気がするけどきっと気のせいだ。

私の頭から足先まで瞳孔を大きくしたり、小さくしたりと一通り見てから、

「この子…凄いわ。

そこら辺の亡者となんら変わりないのに、想像力が豊かね。

いいわ、治します。

ちょっと待っててね、薬持ってくるから」

興奮したようにバタバタと、奥の部屋に入っていった。


「あの人は?」

「あいつは、ルゥ・カストル・ロエル。

あたしとルゥは姉妹なんだ。ルゥは夢人、あたしは亡者で血は繋がっていないけど。

ここに来た時、あんたみたいに襲われてルゥに助けられた。

そのまま仲良くなって、姉妹という繋がりをもつ契約を交わしている。

あんた凄いんだね、あんなに機嫌がいいの見たのは、想像力失調症の薬を完成させた時以来かな」

仲悪そうだったけどいいのかな。


「夢人って?」

何個か知らない単語が出てきたんですが???

「あんた、何も教えてもらってないんだな。

簡単に説明すると、この世界には三種類の生き物がいる。

夢人と現世人、亡者。

夢人は、この世界生まれで寿命があり死んでしまう。

現世人は、夢を伝ってこの世界に来る。

ここで死んでも、何しても現世には影響しない。

肉体は現世にあるからだ。

亡者は、名前の通り死んできた者たちだ。

寿命はないが、死ぬことはある。

死ぬというより、死の痛みを感じてからこの世界の何処かで復活する。

リスポーンていうのかな。

……んーっと、分かった?

分からないよな、あたしだって二十年弱…」


「分かった」

今すぐ理解できないことが。

「へっ?えっうん、そうか。

あたしもな、秒で理解したからな、これぐらい」


「貴方達、仲が良いのね。

羨ましい限りです」

ガチャンと奥のドアが開き、少女は薬を持ってきた。

「私が直接治してしまうのが手っ取り早いけど、

この怪我じゃだいぶ力を使っちゃうわ。

そんなことで私の力を使うことなんてできない。

だから薬だけね」

青紫色に腫れあがった脚に、どろりとした透明の液体を瓶から垂らし、その上にピンクの粉を塗した。


「え〜っと、そうねぇあと一週間というところかしら」

「えっ、あと一週間ここに?」

ルゥは当然でしょと言わんばかりの顔でまた薬を作り始めた。

「怪我は二日で治るわ。でも、ここのこと知らない貴方じゃまたすぐ襲われるでしょう。

少しは学びなさい」

「あっ、ありがとうございます。お世話になります」

そうだ。

このままだったらまた襲われる心配があった。

「勘違いしないでよね。

私が世話をするわけじゃないの、もうすぐ帰ってくるからツィーにみてもらって」

そう言って木の実を潰し始めた。

よほど疲れてしまったのかリンは壁にもたれかかって寝息をたててる。

あぁ、申し訳ないな。

まだお礼も言っていなかったのに。

寝息と薬を入れるガラス瓶のあたる音だけが聞こえる。

沈黙はとても気まずいものだった。


「あの…ありがとうございます」

「礼はいいわ、リンに言いなさい。

きっとあの子はここに来るのに一日以上かかったはずよ。

自分の手に負えない人は助けるなって言ってるのに聞かなくて…。

そこがあの子らしさなのかもね。

…そういうところ嫌いじゃないよ」

目も向けてくれなかったが、垂れる髪から覗く横顔は微笑んだ気がした。

…本人に直接言ってあげればいいのに。


「…貴方、服それじゃ不便でしょう。

二つあげるわ、ついてきて」

確かに、今着ている死装束は大きいし汚れてしまった。

これを着て死んだ訳ではない。

しかしここに来る道ではもう死装束を着ていた。

いかにも亡者という感じがする。


ルゥに案内された奥の部屋は不思議なところだった。

床には本が積み上がり、壁は本棚が覆い尽くしていた。

天井から垂れ下がるのは得体の知れない乾燥した実やドライフラワー。

机の上には金属やガラスでできた道具が乱雑に置かれているが、道具は大事に使われているようだった。

「選んで」

木目調のクローゼットにかけられた服を手に取ってみるが、どれも大きかった。

「私には大きくありませんか?」

「大丈夫、着た人の体格に合うようにと作られたものだから。

貴方が好きなやつを選んで」

直感的に明るい色の服を選んだ。

「あら、似合うと思うわ。

最近貰った服だけど好みじゃなかったから着てなかったのよ」

一着は淡い黄色の膝上ワンピース。

薄暗い部屋の中でぼんやりと光っているように見える。

もう一着、オレンジのロングワンピースだが背中に黄色の模様がある。

二つの四角形を組み合わせたその模様は星みたいで綺麗だ。

「鏡で一回見てみれば?

そこの使っていいから。

靴はこれを…」

渡されたのは、黒色のサンダルだった。

星のアクセサリーが付いていて、とても履きやすい。


鏡の前に立った。

目の前にいたのは黒髪の少女だった。

ここに来るまで体が軽かったけど、こんなに若返ってたなんて。

皺一つないハリのある肌。

アルバムで見たのが最後だった若い時の自分。

嬉しくてつい若い子にしかできないようなポーズをとってみる。

「…貴方、まだ自分の姿見ていなかったのね。

熱が出て頭がどうかしたのかって思った。

亡者の姿は大抵精神年齢で決まるけど、丁寧な敬語といい貴方はそうじゃない気がする。

私が思うに貴方の子供のもつ発想力のような強い力が影響して…。

ううん、なんでもない。

そろそろ戻りましょ、帰ってくるわ」

そう言ってドアを開けかけて…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ