◆海猛虎トラキロⅢ
まさか、1話で使ったあの技が役立つ時が来るとは。
「キャァアア!? な、なんであんたが下半身スッポンポンになってるのよぉぉお!?」
「そんな粗末なモノなんて見たくないしー! 小さいんですけどー!」
「ち、違っ!? これは別にオレの意志でやったわけじゃ……!?」
私の居合により、トラキロさんは物の見事に下半身スッポンポン。ズボンもパンツも一緒に斬り裂いたから、隠すものなど何もない。
おまけに丁度船の上にいるAランクの二人にお股を見られ、色々と手厳しいコメントを入れられている。
「ちょ、ちょっと? アタイも流石に隠してほしいんだけど?」
「いやー……オレッチも流石に色々ないと思うな……。女の前で本当にいきなり丸出しする奴がいるか?」
「うるせェエ! 全部テメェらが関わった都合だろうがァア!」
ランさんとペイパー警部も目を細め、トラキロさんのことをゴミでも見るように眺めてる。
私の方からは見えないけど、余程残念で情けない格好ということだろう。見たくもないけど。
「ふ、副船長……下は意外とショボいんでヤンスね……」
「外見はゴツいのに、下はソフトでゴンス……」
「ま、まあ、そんな人もいるでアリンスよ?」
「テ、テメェらァ……! 寄ってたかって好き放題言いやがってェ……!」
さらには部下の変な語尾トリオにまで言いたい放題な言われよう。ちょっとかわいそうになってくる。
股の辺りを両手で隠し、プルプルと震えるトラキロさん。怒りと羞恥が溢れて見える……ような気がする。
もしかすると、ここから怒り任せに襲い掛かってくるかもしれない。そうなったら、たとえ相手がスッポンポンでも相手しないといけないけど――
「畜生ォォオ! もうやめだァァア! こんな辱めを受けて、やってられるかァァアア!!」
――トラキロさんは羞恥の方に折れてしまった。
「もう嫌だァ……! 下半身丸出しにされるし、周囲には散々な言われようだし……! もういっそ、首吊って死ぬかァ……」
「ト、トラキロ副船長!? そこまで心折れるでヤンスか!?」
「お、おのれ! 剣客小娘! よくも俺らロードレオ海賊団の副船長にこんな真似をしてくれたでゴンス!」
「人の心はないんでアリンスか!?」
「……ごめんなさい」
しかも、その心の折れ方は尋常ではない。あまりに散々な評価だったせいで、自殺願望まで芽生えてしまっている。
私もそこまで追いつめるつもりはなかった。どうか自殺なんて考えず、強く生きてほしい。
――でも変な語尾トリオ、あなた達は別。さっきまで一緒になって散々言ってたくせに。
「こ、これって、どうすればいいでヤンス? 副船長がこの調子じゃ、これ以上は何もできないでヤンスよ?」
「し、仕方ないでゴンス。他の船員もよく聞くでゴンス!」
「ロードレオ海賊団の最終奥義を使うでアリンス!」
ともあれ、トラキロさんは完全に戦意喪失。その場で股間を押さえながらうずくまっており、さっきまでのパワフルさもどこ吹く風だ。
変な語尾トリオもそれが分かっているので、次の作戦を立てずにはいられないらしい。トラキロさんに代わって他のメンバーを集め、何やら『最終奥義』とやらを使おうとしてくる。
でもこの流れ、どこかで見た気がする。確か、一番最初に会った時もこんな調子で――
「逃げるでヤンスゥゥウ!」
「トラキロ副船長! せめて船の上までは踏ん張ってほしいでゴンス!」
「どのみち、このアジトは捨てるしかないでアリンス!」
――やっぱり逃げ始めた。その場にいたロードレオ海賊団も全員船へと乗り込み、完全に意気消沈したトラキロさんを連れて逃げる準備をしている。
元々私達が戦ってる間にある程度の準備は進んでたらしく、逃げるとなると実にスムーズ。必要な荷物と船員が乗り込むと、猫マークの海賊旗が描かれた帆を開いて出航を始める。
「ちょ、ちょっと!? 私らはまだ捕まったままなんだけど!?」
「こっちも助けてってばー!?」
「うるさいでヤンス! こっちも手ぶらで帰れないでヤンス!」
「後で船長に可愛がってもらうでゴンス! 悪いようにはしない……でゴンス!」
「ブースター点火! 全速力で逃げるでアリンス!」
なお、船に乗せられたままだったAランクパーティーの女性二人については、そのままロードレオ海賊団に連れ去られてしまった。
カラクリの一つらしき機能を使い、船はあっという間に海へと消えていく。
なんだかしてやられた気分だけど、こっちも流石に追走する余裕はない。申し訳ないけど、今の私達ではどうしようもない。
一応は命の心配はないと言ってるなので、それを信じるしかない。
――信じるしかない。不服だけど。
「ペイパー警部、ごめんなさい。Aランクの二人は助けられなかった」
「まあ、状況的に仕方ないってのはあった。またそっちはオレッチが捜索を担当するさ。……それより、ランが無事だったのが何よりだ」
「その……二人とも、ありがとう。アタイのせいで、こんな面倒に巻き込まれたのに……」
何はともあれ、ランさんだけでも助け出せたのは不幸中の幸いだった。アジトにいたロードレオ海賊団も全員いなくなったし、これで落ち着いて話ができる。
そもそもはランさんがペイパー警部と話をしようとした最中に起こった今回の事件。思わぬ乱入はあったものの、これで振出しに戻ったと言えよう、
ここからは二人の問題。私も一度席を外した方がいい。
「ランさん、ペイパー警部。私、少し離れて海を眺めてくる。二人で話してて」
「ミ、ミラリア……。その……ありがとう」
「オレッチも今回の件については、素直に礼を述べさせてもらう。ありがとよ」
一応はロードレオ海賊団が戻ってこないかも心配だし、見張りがいた方が好都合ではある。
後、夜の海ってのも趣深そう。私も一人で眺めていたい。
――親子水入らずの場面に、余計な割込みだってしたくない。
トラキロの敗因:丸出し




