その男、ロードレオ海賊団副船長
ロードレオ海賊団副船長はもうとっくに姿を見せていた。
「え、え? ト、トラキロさん? この人が?」
「ダーハハハ! そこまでバレちまったら、身元を隠す意味もねェなァ!」
ペイパー警部の言葉に思わずびっくりするけど、確かに私が思ってた人もその人だ。
向こうも笑いながらも観念した様子を見せ、身に着けていた黒ローブを脱ぎ捨ててくる。
――その下に見えるのは、ほぼ半裸な服装にグラサンの厳つい男の人。間違いなくトラキロさんだ。
「ほ、本当にトラキロさんがロードレオ海賊団の副船長なの? ランさんを攫った張本人なの?」
「こいつが普段ギルドで見せてるのは『表の顔』だったってことだ。オレッチは前々からこいつに『裏の顔』を感じてて、色々と探りを入れてたんだ。確かな実力を持ってるのに、ギルドに正式登録もしない放浪者。そんなのは大体脛に傷持ってる奴が多い。ある程度の予測はついてたが、こうして本当にロードレオ海賊団副船長として出てくるとはな」
「流石はエステナ教団でも噂に名高いペイパー警部だァ。オレも身元を隠してギルドで情報収集の必要はあったが、ポートファイブがテメェの地元だったのは誤算だったぜェ。まァ、情報収集をしてた理由については、テメェの娘が原因だがよォ」
戸惑う私など他所に、ペイパー警部とトラキロさんは話を進めていく。どうにもこの二人、お互いに警戒してた間柄っぽい。
最初にトラキロさんと会った時に言ってた『非登録者は脛に傷を持った人間が多い』って話も、そもそもトラキロさん本人の話だったんだ。ロードレオ海賊団なんて組織の副船長をしてたら、大衆の揃うギルドへ登録するわけにもいかない。
――なんだか、また騙された気分。私へ親切に教えてくれたのも、あくまで周囲に溶け込むためだったのか。
「第一、ペイパー警部がしっかり娘の教育をしてれば、オレもこうして出張る必要はなかったんだがよォ。この小娘がウチのスナイパーライフルを盗んだせいで、余計な捜索の手間まで出てきちまったからなァ」
「う、うるさい! 海賊ごときが何を偉そうに!」
「口の利き方がなってねェなァ。とはいえ、こいつのおかげで収穫もあったァ。Aランクパーティーだとかほざいて調子乗ってる女を二人も捕らえられたァ。船長への手土産にもなるなァ」
そうやって周囲に溶け込み情報を集めてた目的こそ、スナイパーライフルを盗み出した犯人――ランさんを捕らえること。
確かにこの件に関してはランさんが悪い。自業自得とも言えよう。それでも放っておけないけど。
ただ、同じように捕らえられてるAランクパーティーの人達はどういう理由で捕らえられたのだろう?
「ウチの船長はかなりの女好きでなァ。こうやってそれなりにマブい女を献上しねェと、機嫌を損ねちまうんだァ。ギルドじゃAランクらしいが、そんなことはオレには関係ねェ。ロードレオ海賊団副船長を舐められちゃ困るなァ。それにぶっ倒れたリーダーをほっぽり出して、二人で逃げようとしてた不逞者だァ。容赦なく捕らえさせてもらったぜェ」
「ランどころか、無関係な女まで巻き込むってか? どうせ、その先の待遇は奴隷みたいなもんだろ?」
「別にそこまで悪い話でもねェよォ。船長に気に入ってもらえれば、ロードレオ海賊団でもかなりの好待遇になれらァ。……何より、この中ではこいつが一番船長も気に入りそうだァ」
「ア、アタイに触んなっての!」
「ッ!? まさか、ランまで連れて行く気か!? そ、それは止めてくれ!」
その理由も聞いてみれば、やっぱりいい話ではない。奴隷って、確か酷いお仕事をさせられる人達だよね? ランさんまでそうなると聞かされれば、ペイパー警部も冷静ではいられない。
ロードレオって、本当に悪いことしか考えてないんだ。
もう私もトラキロさんへのイメージは切り替えよう。この人は明確な敵。最初に会った頃の親切さなど関係ない。
「トラキロさん。ランさんがスナイパーライフルを盗んだのは悪いこと。でも、誘拐はもっと悪いこと。その人の人生を傾ける。……こんな悪いことは止めてほしい」
「ほォう? ミラリアちゃんはあくまで正義の味方気取りかァ? だがよォ、この娘さんにしたって『ポートファイブを離れたい』なんて話をしてなかったかァ? テメェらの話だって、オレは陰から聞かせてもらってたんだぜェ? これもいい機会にならねェかァ?」
「確かにそんな話はしてた。でも、本当の気持ちはもう一度ランさんから聞きたい」
ここまではトラキロさんとペイパー警部の話を優先してたけど、私も横やりを入れさせてもらおう。
向こうはあくまで誘拐を止める気はないらしく、あれこれ言いながら理由をつけてくる。
だけど、私とランさんの話を聞いてたのなら、その後のことだって知ってるはずだ。なんだか意地悪な問いかけである。
「ねえ、ランさん。ペイパー警部もいるこの場で、もう一度あなたの気持ちをハッキリ聞きたい」
「ア、アタイの……気持ちって……?」
「ランさんは今この場で、私とペイパー警部にどうしてほしい? このまま帰ってほしい? それとも……どうしてほしい?」
とはいえ、私も結構意地悪な問いかけをランさんにしてしまう。でも、本心はこの場でもう一度述べるべきだと思う。
ランさんは誘拐される直前、お父さんのペイパー警部と話をするために家を出た。あの時の気持ちが変わっていないなら、私がわざわざ言わずともその願いを口にするはずだ。
――その言葉さえあれば、私は決意を新たにこの場を乗り越えようと動ける。
「お、お願い……助けて! アタイ、後で怒られても構わないから、今はここから助けて! 親父! ミラリアちゃん!」
なんだよ、言えたじゃねえか……!




