その少女、神速にて
村ではまだまだ未熟と言われても、外の世界では圧倒できるミラリアの力。
「ミラリア! 無事か!? そ、そのブルホーンの死体は……!? まさか本当に……!?」
「少しだけ斬り捨てた。残りのブルホーンは帰った」
歓声を上げる人々を掻き分けながら、レパス王子が私の元へと駆け寄ってくる。最初は心配そうだったけど、周囲の光景を見てそれ以上に驚き始める。
他にも鎧を着た人が大勢やって来て、斬り倒されたブルホーンを確認している。
私の方はいたって問題なし。心配ご無用の極みというものだ。
「デプトロイドを斬り倒した時といい、君の剣技には驚かされる……。いやはや、本当に素晴らしいものだ」
「やった、褒められた。もっと褒めて構わない」
「ハハハ。根は単純なようだね。さて、こんな場所で長話も疲れるだろう。王宮に戻り、くつろぎながら話の続きをしようじゃないか」
やっぱり、褒められると嬉しい。レパス王子も笑顔で答えてくれたので、思わず胸を張って自慢する。
自慢のアホ毛にまで元気が行き渡り、過去最高にピョコピョコしている。
エスカぺ村では怒られてばっかりだったし、修業でもスペリアス様は『まだまだじゃ!』と言ってばかりだった。
だから、こうやって褒めちぎられるのは新鮮。思わずルンルンしながらレパス王子の後をつき、さっきの部屋へと戻っていく。
――認めてもらえるのって、本当に気持ちいい。
■
「ところでミラリア。君もお腹が減っているんじゃないかい?」
「うん、減ってる。ブルホーン退治で動いてペコペコ」
「まあ、もう夜ってのもあるからね。さっき君が倒してくれたブルホーンだが、城のシェフに頼んで早速ステーキにしてもらった。口に合うかは分からないが、食べてみてくれたまえ」
部屋に戻ってきたころには完全に陽が暮れていた。思えば夕飯前にエスカぺ村からここへ来たわけだし、もうとっくにご飯の時間も過ぎている。
そこでレパス王子が差し出してくれたのは、私が倒したブルホーンのお肉を使った料理。これもまた初めて見る。
鉄板の上でジュージューと焼かれたお肉。その上にはソースがかけられ、いい香りが食欲をそそってくる。
エスカぺ村でも焼いたお肉はあったけど、どれも固そうなものばかりだった。なのに、このブルホーンのお肉は見た目的にも柔らかそう。
美味しそうだけどこんなのは初めてだから、恐る恐る口に運んでみると――
「お、美味しい……!」
「そうかそうか。それは何よりだ」
――口いっぱいに美味しいお汁が広がって、この上ない幸福感が体中を駆け巡る。
外の世界って、ご飯もこんなに美味しかったんだ。まさに未知の発見と遭遇の連続。
思わずお皿にがっついてしまい、あっという間に平らげてしまった。
「あっ、ソースで顔がベタベタ。お行儀悪かった……」
「気にしなくて構わないさ。君がそうして美味しそうに食べてる姿も、僕には新鮮で面白味がある」
いつもだったらお行儀の悪さでスペリアス様やツギル兄ちゃんに怒られるのに、レパス王子はニコニコしながら咎めることはしない。
外の世界は恐ろしいところだと聞いてたけど、これまでの様子だとそんな場面は微塵もない。むしろ、エスカぺ村にいる時より居心地がいい。
ディストール王国は私の目指す楽園ではないけど、それに近い場所なのだろう。最初は怖かったけど、今はちょっとワクワクが上回ってる。
「レパス王子。国王様がお呼びです。そちらの少女についての件でして……」
「父上がか? 分かった、すぐに行く。すまないが、ミラリアもついてきてくれ」
心なしか楽しくなってきてると、また白黒ドレスの女の人が部屋に入って何かを伝えに来た。
『国王様』ってのは、もしかしてディストール王国で一番偉い人かな? レパス王子のお父さんみたいで、私のことも呼んでるみたい。
「ねえねえ。国王様ってのが、私に何の用事?」
「まずは先のブルホーン退治についてだろうね。父上も君に感謝しているのだろう」
「こんなにたくさんの人に褒められると、私も照れちゃう」
「ハハハ。ミラリアは褒められ慣れてないのか。それともう一つ、君の今後の処遇についてだね」
部屋を出て国王様がいる場所まで歩きながら、レパス王子が軽く事情を語ってくれる。
ここまで褒めてもらえるなんて、褒められ過ぎて私もおかしくなっちゃいそう。普段は無表情な私だけど、なんだか頬のあたりがムニュムニュユルユルしてくる。
エスカぺ村では怒られて頬を膨らませることはしても、褒められた嬉しさで頬に変化があることなんてなかった。
慣れない筋肉を使ってるせいで、なんだか筋肉痛になりそう。
「そういえば、私ってこれからどうなるの? エスカぺ村に帰るの?」
「いや、そのことなんだが……ちょっと申し上げにくいことがこちらでも判明したというか……」
ただ、褒めてもらえる以外にも用件はある。今後のことらしいけど、それは私も気になってた。
帰るのならば、最初のデプトロイドの転移魔法をもう一度使えばいい。ツギル兄ちゃんも同じ要領で転移魔法を使ってた。
そこに関しては同じ技術だと思うし、私もそろそろ帰らないとスペリアス様とツギル兄ちゃんが心配してると思う。
――だけど、レパス王子は言い辛そうに事情を語ってくる。
「君が元いた場所への転移魔法だが、僕達の力では再現するのが難しそうなんだよ……」
「え……?」
要するに、ミラリアはエスカぺ村に帰れない。