その少女、警部と接触する
自らを気にかけてくれた娘を救うため、自らを捕まえようとする父親に接触する。
ランさんを誘拐したのはロードレオ海賊団の人達。私とツギル兄ちゃんではどこに逃げ込んだのかも分からない。
でも、エステナ教団で警備部隊長をしてるペイパー警部ならば、どこにアジトがあるか知ってるかもしれない。ランさんのお父さんでもあるし、頼る理由としてはもっともだ。
――ただ、私はペイパー警部を含むエステナ教団に追われる身。ついさっきも私の手配書を目にしたばかりだ。
「……だけど、今はこれしか手段がない」
【俺から提案しといて何だが、本当に大丈夫か?】
「大丈夫だとは思わない。……それでも、今はこうするしかない。ランさんの身には代えられない」
なんとかペイパー警部のいるギルド前まで来たけど、扉を開けようとする手が震えてしまう。
もしかすると、いきなり捕まえられるかもしれない。でも、今はペイパー警部を頼るしかない。ランさんがこのままというのが一番いけない。
だから、覚悟を決めよう。どうなっても、ペイパー警部に事情を話さないといけない。
腰のツギル兄ちゃんを一度強く握って心を引き締め、思い切ってギルドへの扉を開く。
「あ、あの……あの! ペイパー警部!」
「ん? なんだ? こんな時間に子供が――って!? お、お前さんはまさか……ミラリア!?」
扉を開けてまず目に入ったのは、カウンター席に腰かけたペイパー警部の姿。右手にはトラキロさんも吸ってたタバコというものを持っている。
ギルドの中に冒険者やトラキロさんといったお客さんはおらず、店員さんがチラホラ見えるだけ。どうやら、ギルド自体もほとんど閉店状態だったみたい。
店員さんもどこか戸惑ってしどろもどろだけど、ペイパー警部だけは席を立って私の方に迫ってくる。
「なんでお前さんがここにいる!? まあ、オレッチも話を聞きた――」
「い、今そのことはいい! それより、ランさんが大変! ロードレオ海賊団に連れ去られた!」
「ラ、ランって、オレッチの娘のことか!? 何がどうなってんだ!? す、すまないが、店の裏手を借りさせてくれ! この子と二人だけで話をしたい!」
「は、はい。構いませんが……」
ランさんが言ってた通り、ペイパー警部がギルドにいてくれたのは助かった。でも、やっぱり私を捕まえるのが優先だったみたい。
それでも、もっと優先すべきことがある。すぐさまランさんの名前を口にすると、ペイパー警部も血相を変える。
一か八かだったけど、ペイパー警部も娘の身に危険が迫ってると感じれば事情が違ってくる。状況が呑み込めない店員さんを尻目に、ひとまずは場所を移す。
まずは話を聞いてもらえるだけでも大きな前進だ。
■
「……それで? ランのことがどうしたって? お互いに落ち着いて話し合うとしようか」
「ラ、ランさん、急にロードレオ海賊団に誘拐された。私も何がどうなってるか分からない」
「……お前さんが手を出したとかじゃなくて? エステナ教団では現在、血眼になってお前さんを探してるが?」
「そんなことしない! 私、ランさんを助けたい! だ、だから、ペイパー警部にロードレオ海賊団の居場所を聞こうと……!」
「……成程。話に筋は通ってるってか」
ただ、問題はここからだ。ペイパー警部からしてみれば、私は『ディストールとエスターシャで罪を犯した犯罪者』という認識は変わらない。
ギルドの裏手に出ると案の定、私の発言を疑うように質問してくる。凄く不服だけど、今は我慢するしかない。本当のことを話すしかない。
今何よりも優先するべきは、ランさんを助け出すことだ。
「……一つだけ聞かせてくれ。ミラリア……ちゃんでいいか。ミラリアちゃんはランとはどういう関係だ?」
「ラ、ランさんとは一緒に森で狩りしたり、タツタ揚げをご馳走してもらった。そ、そんな人を見捨てたくない。こ、怖くてもペイパー警部を訪ねたのも、ランさんを助けるため。わ、私、嘘は言ってない。私を捕まえるのは後でいくらでもすればいいから、今はランさんを……」
「成程な。……いいだろう。今だけはお前さんの言葉を信じてやる。逮捕だ何だはその後だ」
「ほ、本当に!? あ、ありがとう!」
そんな私の願いが通じたのか、ペイパー警部はひとまずランさんのことを優先してくれた。
今はこの人を頼るしかない。最初はペイパー警部も焦ってたけど、こうやって落ち着いた対処もできる人なら心強い。
「オレッチも娘のピンチを聞かされると、犯人追跡なんか後回しにもなるさ。ただ、現場検証は必要か。まずはオレッチの家に戻り、本当にランが攫われたかも確認して――」
「だ、だったら任せて! 私、転移魔法ですぐに向かうから!」
「え? 転移魔法だって?」
ここから私がやるべきは、ペイパー警部に率先して協力すること。足手まといはもってのほかだし、行きたい場所があって転移魔法が使える場所なら私の出番だ。
すぐさま居合で転移魔法を発動させ、ペイパー警部とランさんの自宅へ向かう。
キンッ――ヒュン
「着いた! ペイパー警部、これでいい!?」
「ほ、本当に我が家まで転移したのか……? いや、今はオレッチも驚いてる場合じゃないな。ミラリアちゃんはそこで少し待っててくれ。オレッチとしては、まず調べたいことがある」
ペイパー警部は目を丸くするけど、私だって気持ちが急いて仕方ない。ペイパー警部だって、まだ私を完全に信用はしてくれてないと見える。
この家で確認することがあるならば、すぐにでも確認してほしい。ランさんを助けるためだ。
【とりあえず、協力はしてくれるみたいだな】
「うん。後はペイパー警部が納得してくれて、ロードレオ海賊団のアジトが分かればそれでいい」
【それはそうなんだが……妙にペイパー警部が『協力的すぎる』というか……。何かの罠ってことはないよな?】
「たとえ罠であっても構わない。ランさんを助けられればそれでいい」
家の中を調べるペイパー警部を待つ間、ツギル兄ちゃんとも少し話を交える。私だって罠の可能性はあると思ってる。
でも、ランさんを助けたい気持ちの方が強い。最悪、私は後で捕まっても構わない。
――今は心からそう思える。人との距離感なんて考えていられない。
「……確かにランの姿は見当たらないな。ミラリアちゃんが言うことも事実と見える。オレッチの方でその証拠も見つかった」
「証拠? それって何?」
「ロードレオ海賊団がランを誘拐した理由さ。それがこの家の中にあった。……いや、正確には『あるもの』がなかっただな」
ペイパー警部の方で調査も終わったらしく、こちらへと戻ってくる。ランさんが誘拐されたことも信じてくれたけど、家の中にランさんがいないだけで断言できるものなのかな?
実は出かけてるだけとも考えられるし、そう考えられない理由もあるらしいけど――
「スナイパーライフルさ。あれはおそらく、ランが個人的にロードレオ海賊団から持ち出したものだったろ? ……それが家のどこを探しても見当たらない」
ペイパー警部も優先すべき事態は見えている。




