その娘、誘拐される
突如としてランを襲った人物の正体は……?
【すぐ近くからだ! 何があったんだ!?】
「ランさん!!」
外から聞こえてきたランさんの悲鳴。それを聞いてタツタ揚げを食べる手を止め、すぐに魔剣を携えて私も外へ出る。
この展開、フューティ姉ちゃんの時を思い出す。嫌な予感が全身を走る。
――まさか、また同じなの? また私に関わった人が酷い目に遭うの?
「は、放せって! アタイに何するつもりさ!?」
「おとなしくするでヤンス!」
「お前がウチのスナイパーライフルを盗んだことは知ってるでゴンス!」
「ネタは上がってるでアリンス!」
「あ、あれって……ロードレオ海賊団!?」
幸運と言うべきか不幸と言うべきか、ランさんはひとまずまだ生きててくれた。でも、無事とは言えない。
三人の男に組み敷かれ、無理矢理連れ出されようとしている。その三人にしたって、変な語尾から誰かはハッキリ覚えてる。
――親方さんの船を襲ったロードレオ海賊団の変な語尾トリオだ。
「何してるの!? ランさんを放して!」
「うげっ!? あの剣客小娘でヤンス!」
「一緒にいるとは聞いてたでゴンスが、これはマズいでゴンス!」
「ふ、副船長! 頼むでアリンス!」
「……チィ」
何が何だか分からなくても、飛び出さずにはいられない。すぐさま変な語尾トリオへ斬りかかろうとするも、今度は物陰から人影がもう一つ姿を見せてくる。
全身を黒いローブで覆い、もう夜ということもあって顔が見えない。かなり大柄な体格で、この人もロードレオ海賊団なのは分かる。
ただ、明らかに他の三人とは様子が違う。身に纏う覇気とも言うべきものが別格に感じる。
私の眼前へと躍り出て、邪魔するように立ち塞がってくる。
「そこどいて! 邪魔するなら斬る!」
「……先に行ってろォ」
「た、頼んましたでヤンス!」
「お前はこっちでゴンス!」
「グズグズするなでアリンス!」
「い、嫌! 放して――ムグゥ!?」
どうやら黒ローブが時間稼ぎをして、その間にランさんを誘拐する算段らしい。ランさんは口も動きも塞がれ、どんどんと変な語尾トリオに攫われてしまう。
悠長なことをしている暇などない。眼前の黒ローブを倒したら、そのまま後を追って――
ブォォオンッ!!
「えっ!? た、樽を投げてきた!?」
【しかも片手で!? どんなパワーだよ!?】
――ただ、眼前の黒ローブは想像以上の相手と見える。近くにあった樽を左手だけで掴むと、私の方へ軽々と投げつけてきた。
そのスピードにしてもかなりのもの。こっちも縮地でスピードを出して接近してた分、回避は間に合わない。
――ならば、斬って道を開くのみ。
スパァンッ!
「そんなの効かない! 早く道を開け――」
ドゴォォオンッ!!
「むぎゅぅ!?」
飛んで来た樽は無事に斬り飛ばせた。ただ、敵の攻撃はこれだけじゃなかった。
最初の樽の後ろに隠れるように、もう一つの樽を投射。わずかに目に映った姿を見れば、左手だけでなく右手にも樽を掴んでいたようだ。
そっちには反応できなかった。まともに直撃して、完全に怯んでしまう。
「……こっちも逃げるかァ」
「ま、待って……! ランさんを返して……!」
直撃した樽は私の脳をも揺さぶり、まともに立ち上がることもできない。黒ローブも私の様子を見ると、同じように逃げて行ってしまう。
他の三人やランさんまで見失ってしまった。まさか、目の前で誘拐を許してしまうなんて。
――やっぱり、私は疫病神なのかな?
「で、でも……今は早くランさんを助けないと……! あの人達を追わないと……!」
【ミラリア、落ち着け! ハッキリ言って、今回は連中の方が一枚上手だ! そもそもどこに逃げたかも分からないし、ここで焦ったらお前も返り討ちに遭うぞ!?】
「そ、そんなこと言ったって……ランさんの身に危険が……!」
どうにか魔剣で体を支えながら立ち上がるも、ツギル兄ちゃんには追走を止められてしまう。
私だって分かってる。連中は完全に私を振り切り、今どこにいるのか分からない。
分かっているのは連中がロードレオ海賊団の人間ってこと。新たに姿を見せた黒ローブについては変な語尾トリオの様子から、ロードレオ内部でもかなり高位に位置する人間ってこと。
――何より、凄まじく強い。あんなパワーを持った人間は初めて見た。いや、魔物でも中々あそこまでのパワーは見せない。
「ハァ、ハァ……敵は強敵。だからこそ、急いだ方がいい。同時に焦ってもいけない」
【ああ、そうだ。まずは連中がどこに逃げたかを調べるのが先だ。ロードレオ海賊団のアジトに詳しい人がいればいいんだが……!】
息を整えつつ、どうにか落ち着きも取り戻す。敵はランさんを誘拐したわけだから、派手に探し回れば余計に警戒されてしまう。
かといって、その足取りを追う手段もない。早くしないと、ランさんがどんな酷い目に遭うか分からない。
――最悪の事態だけは避けないといけない。もうフューティ姉ちゃんの時のような思いはしたくない。
「ロードレオ海賊団に詳しい人……!? 親方さんは違うし、トラキロさんとか!?」
【トラキロさんにしても、本当に知ってるかどうかも分からないし、こんな夜にギルドにいるのかも――いや、待て。一人だけ知ってそうな人間に心当たりがあるぞ】
「本当!? 誰!?」
どうにか落ち着いて考えようとするも、私の頭ではすぐに焦りが生じてしまう。こういう時、ツギル兄ちゃんの方が冷静さを維持してくれる。
そして、実際に何か見当がついたようだ。こっちも悠長なことは言ってられない。可能性があるならば、そこに賭けたい。
【ペイパー警部だ! エステナ教団警部部隊長のあの人なら、ロードレオ海賊団のアジトも知ってるかもしれない!】
「ペ、ペイパー警部に……!?」
再び登場、海のギャング、ロードレオ海賊団。




