その少女、本心を探る
これまでの経験が、ミラリアにある行動を示させる。
「お、親父を殺しに行くって……何考えてんだよ!?」
「言葉そのままの意味。顔も見たくないのなら、私が二度と見れないようにしてあげる」
無論、本当にペイパー警部を殺すつもりなどない。これはあくまでランさんの本心を確かめるための演技だ。
ランさんの言葉をわざと曲解し、玄関のドアノブに手をかけながら振り返って話を続けていく。
とりあえず、ランさんは私を止めるために必死っぽい。手応え自体はある。
「い、いや! ギルドで人殺しなんかしてみろ! ミラリアがまずやられるぞ!?」
「大丈夫。あそこのギルドの人達なら、束になっても私には敵わない」
「だ、だとしてもだよ!? ミラリアに人殺しなんかできんのかい!? あんた、故郷の村でそういうことを教わらなかったのかい!?」
「教わった。無闇に命を奪っちゃいけないって教えられた」
なんとか私を引き留めようとするランさん。でも、本心を聞くまでは納得できない。
だから、ここは私も鬼になる。今ならスペリアス様が私に厳しくしてきた気持ちもよく分かる。時にはこうやって気持ちを確かめる必要だってあるんだ。
なら、ここはもうひと押ししよう。ランさんの本心を聞くためなら、少しの嘘だって交える。
「ペイパー警部がしてた話、本当の部分もある。私はフューティ姉ちゃんを殺してないけど、ディストール王国のお城で暴れ回ったのは事実。……その時、兵隊さんやレパス王子を斬った」
「なっ……!? ま、まさか……本当に人を殺せるってこと……!?」
本当は『斬っただけで命は奪ってない』し、兵隊さんに関しては『レパス王子が殺した』し、レパス王子自身も『人間を超えた肉体で生きてる』けど、ランさんは都合よく解釈してくれた。
このままだと、本当に私が『ペイパー刑事を殺す』と信じ込み、顔を青ざめさせている。本当は私も辛いけど、こうでもしないとランさんの気持ちを確かめられない。
「それに、ペイパー警部は私のことを追ってる。ここで消せるなら好都合。今なら不意をつける」
「…………」
「ペイパー警部を消したら、すぐにでも出発する。ランさんも急いで準備して。私と旅するなら、何が起こるかなんて保証できない」
ランさんの様子はさっきまでと違う。うつむいてどこか考えこみ、私の言葉に返事もしない。
別に反論しないわけじゃない。肯定してるんじゃない。きっと、この態度こそが――
「ま……待って! お、お願いだ! アタイの親父を殺さないでくれ……! 頼むから……!」
――ランさんの本心で間違いない。私の腕を掴み、泣きながら止めてくる。
やっぱり、ランさんはあの時の私と同じ。自らの本心を拒絶し、ただ薄っぺらい願望を優先してただけだ。
「た、確かに親父は家にも帰ってこないロクでもなしだが、それでもアタイの父親だ……! 子供の頃は少ない休みの中で、色々と遊んでもらった……! アタイの火炎魔法だって、親父に教えてもらった……! 今だって家には戻れないぐらい忙しいのに、仕送りだけはしっかりしてくれる……! わ、悪い人じゃないんだ……! だ、だから……親父を殺すのだけは……!」
「……うん、分かった。ペイパー警部を殺すのは止める」
「え……? そ、そんな簡単に……?」
「ランさん、ごめんなさい。ちょっと意地悪した。でも、どうしても本心を聞きたかった」
本心を聞ければ十分だ。私も玄関から離れ、元々座ってた椅子へと戻る。
そもそも、タツタ揚げだってまだ食べきってない。なのにいきなり離れるわけがない。お残しはいけない。
悪い演技は大変だったけど、結果自体は悪くない。慣れない演技の疲れもタツタ揚げで癒しておこう。
「モグモグ……やっぱり美味しい。美味しいは正義」
「さ、さっきまでのって、全部演技だったのか……。冗談キツいっての……」
「だけど、ランさんもこれで本心に気付けた。ランさんには私と同じように後悔してほしくなかった。悪いことしたのは承知だけど、今さっきの気持ちには素直になってほしい」
「……なんだか、意趣返しをくらわされた気分だね。ちょっと前はミラリアの方が人との接し方で悩んでたのにさ。……だが、ありがとな。アタイもちょいと迷いが晴れてきた」
怒られるとも思ったけど、ランさんの表情は晴れやかだ。タツタ揚げをモグモグする私の顔を見ながら、憑き物が落ちたような顔をしてる。
私にはこうすることでしかランさんの本心を引き出すことができなかった。かなり荒っぽくなったけどこれでいい。後悔してほしくないのは私の本心だ。
「……なあ、ミラリア。アタイ、今から親父に会ってくる。会って話をしてくる」
「うん、それがいい。今の気持ち、大事にして」
「ハハハ、ありがとよ。会った時は世間知らずなちびっ子だと思ってたが、結構大人な一面もあるんだな。……それだけ、あんたも苦労したってことか」
「別に誇れるほどじゃない。……あっ、今のは褒められたのを無下にしたんじゃない。私なりの価値観の話」
「分かってるって。でも、本当にありがとうな」
ランさんはパクパクする私を尻目に、鏡を見て身だしなみを整えていく。喧嘩してたお父さんに会うから緊張してるのだろう。
私もあの時こうやって行動に起こせればよかった。後からフューティ姉ちゃんに気付かせてもらうより早く気付きたかった。
ただ、今はその気持ちを吐き出す時じゃない。ランさんとペイパー警部の関係が一番大事。
「ミラリアもそれを食べ終わったら、もうこの家から離れた方がいいね。親父が帰ってくると、そっちの方で話がこじれそうだ」
「うん、そうする」
「別れを急かして申し訳ないが、アタイはあんたの旅を応援してる。……達者でな」
私に後のことを告げると、ランさんは玄関から外へ出て行った。急なお別れは寂しいけど、私もランさんの今後を祈っておこう。
とりあえず、タツタ揚げも早く食べ終えよう。ランさんがたくさん作ってくれたけど、もうそんなに時間もない。
【……なあ、ミラリア。お前、随分と大人になったんじゃないか?】
「ツギル兄ちゃん、なんでずっと黙ってたの? 私がペイパー警部を殺しに向かおうとした時、止めようとは思わなかったの?」
【ああ、思わなかった。単純に『ミラリアはそんなことしない』って思ってたし何か考えがあるのは理解してた。だから俺も余計な口を挟まなかった】
「むぅ……相変わらず人の心を読んでくる。ちょっと不服。でも、褒めてくれてありがとう」
ツギル兄ちゃんとも話をしながら、残ったタツタ揚げを口へと運んでいく。それにしても本当に多い。まだ半分は残ってる。
これは食べきるのではなく、何かに入れてまた後で食べるのも――
「な、何さ、あんた達は!? ちょ!? こっち来んなっての!? やめろって!」
「えっ……!? ラ、ランさんの声!? 襲われてるの!?」
これで大団円――とはいかんのですよ。




