その親子、すれ違う
ミラリア「食べてる場合じゃないっぽい」
「ペイパー警部の――お父さんのこと、嫌いなの?」
「ああ、大っ嫌いさ。あのクソ親父はいつだって仕事優先。エステナ教団だの楽園調査だので、ロクに家にも帰ってこない。今日だって、仕事の件で寄っただけじゃんか」
ランさんがペイパー警部について語ってくれるのを聞き、私も一度タツタ揚げを食べる手を止める。なんだか、食べながら聞ける話じゃなさそうだ。
そういえば、ランさんも以前に言ってたことがあるっけ。
「もしかして、ペイパー警部との関係が楽園嫌いの理由?」
「ああ、その通りさ。親父はいつだってエステナ教団での仕事優先。母さんが病に倒れて危篤になった時も、楽園調査でお偉いさんの護衛をしてたんだよ。……母さんのところへ来たのは、もうすでに亡くなった翌日さ」
「それは……辛い」
話を聞いてると、私も少しずつ事情が呑み込めてきた。ランさんからしてみれば、ペイパー警部は『家族よりも仕事を選んだダメなお父さん』と映ってる。
確かに私もあんまりだとは思う。でも、私は声を大にして言える立場ではない。
――かつての私だって、家族より外の世界への憧れを選んでた。
「……なあ、ミラリア。なんだったら、アタイもあんたの旅に連れてってくれないか?」
「ふえ? ランさんを旅に?」
「ああ。どうせここにいたって、唐突に帰ってくるクソ親父の顔を眺めるだけだ。それだったらいっそ旅にでも出て、ポートファイブからも離れてしまいたい。アタシだって、スナイパーライフルの腕前には自信がある。役に立つからさ、な? いいだろ?」
私の気持ちなど我関せずとばかりに、ランさんは自分の気持ちを述べてくる。まさか、私の旅についていきたいなんて言うとは思わなかった。
ランさんからすれば、お父さんであるペイパー警部から距離が置ければそれでいいのだろう。何もわざわざ私との旅を選ぶ理由などない。
――何より、私にその願いを聞き入れることなどできない。
「ダメ。ランさんを一緒に旅には連れていけない」
「な、なんでだよ? そんな即答で断らなくても――」
「即答させてもらう。今のランさんはかつての私と同じに見える」
「ミ、ミラリアと同じって……どういうことさ?」
かつての私も今のランさんと同じく、外の世界への憧れで旅に出ようとしてた。だから、どうしても重なって見えてしまう。
ランさんも本当は楽園のことが嫌いなのに、楽園を目指してる私の旅に同行したいと願ってるのがその証拠。一時の感情に任せてるだけ。
いや、それだけではない。
「……私は以前、スペリアス様の――お母さんの言葉を無視して、まともに話もせず、一人でやっていけると高を括ってた。喧嘩もした」
「え? ミラリアって、昔のことはいい思い出として語ってなかったか?」
「語れるようになったのは、その後にこれまでの経験の大切さを学んだから。でも、そう思えるようになる前のことは悔やんでる。……私がワガママ言って喧嘩したせいで、故郷の村が滅んだ」
「ほ、滅んだって……? そ、そんなことがあったのかい……?」
ランさんにしてもペイパー警部にしても、私にはその関係を見て見ぬフリなどできない。だって、二人のやってることは過去の私と似てるもん。
親の話を聞かず、一人で生きて行こうとしたこと。双方で話もせず、ただ距離を置いてること。
これらのことは私がディストール王国に残ろうとしたことと重なる。これまでは黙ってたけど、ランさんにはこの話をしないといけない。
――話さないと、私の願いを説明できない。
「生きていると、何が起こるか分からない。唐突に昨日まで会えた人に会えなくなることだってある。……そうなった時にはもう遅い。本当に話したかった気持ちも何も、お互い話せずに終わっちゃう」
「そ、それはそうなんだが……。でもアタイだって、親父にのことは本気で嫌ってるし……」
「本当に嫌ってる? お互いにしっかり話はした? ……私も最初は突き放してただけだった。本心に気付いた時には全部遅かった」
エスカぺ村のこと、スペリアス様のこと、フューティ姉ちゃんのこと。それらも隠さず、ランさんへの説明に使う。
正直、偉そうなことを言ってるとは思ってる。でも、間違ったことをしてるとは思ってない。
少し前まではあんまり人と関わりたくないとも思ってたけど、ランさんとペイパー警部のことを見てたら放っておけない。
別に嫌われても怒られても構わない。今この場でランさんに気持ちをぶつけないと気が済まない。
「……あ、あんたがどうだったか知らないが、アタイはもう何年も前から心に決めてたんだ! 非登録とはいえギルドの案件で狩りの練習をしてたのも、いつか旅に出て一人で生きていくためだ!」
「本当に旅へ出るつもりなら、非登録なんかじゃなくて正式登録しててもおかしくない。もうとっくに一人で旅に出ててもおかしくない。ランさんはただ、勢いに便乗してるだけ。私としては考え直してほしい」
「う、うるさいな! とにかく、アタイは親父のことなんて嫌いだ! もう顔も見たくない!」
それでも、ランさんの気持ちは変わらない。私も断言はできないけど、一度話し合いをする必要はあると思う。
こうやって激情に身を任せていては、後々後悔する結末しか見えてこない。かつての私がそうだったようにだ。
「……ねえ、ランさん。本当にペイパー警部の顔は見たくない? もう二度と見れなくなってもいい?」
「あ、ああ! その通りさ! アタイの本心は変わらない! ……って、どこに行くんだ?」
こうなったら仕方ない。ちょっと強引な手段でその気持ちを確認させてもらおう。
腰の魔剣を調整しながら、玄関の扉へと歩を進める。ここでランさんがどういう反応をするかで、その本心も明白となるはずだ。
「ちょっとギルドに行ってくる。今からペイパー警部を斬り殺してくる。……そうすれば、ランさんは二度とお父さんの顔を見ずに済む」
「は……へ? な、何を言ってんだ!?」
ミラリアがとる強硬手段。




