その聖水、役立つ時
聖女が遺してくれた聖水を役立てる時。
「マナの聖水だって!? どうしてミラリアちゃんがそれを!?」
「今そのことはいい! とにかく、これを使って!」
エスターシャ神聖国を旅立つ時、フューティ姉ちゃんが持っていたマナの聖水。リーダーさんを助けるためにも、今こそ使う時だ。
これがあれば闇瘴の影響も治療できる。ならば、迷う必要なんかない。
――相手が誰であれ、もう私の目の前で人が死ぬのは嫌だ。
「た、確かにこれはマナの聖水だ。今は理由を確かめてる暇もないな。トラキロさん! あんた、錬金釜を持ってなかったか!?」
「あァ、持ってるぞォ。海を渡って仕事してると、こういった類のものは手に入らァ」
「悪いんだが、錬金釜でマナの聖水の調合と複製を頼む! 量を用意しておけば、今後の役にも立つ!」
「まァ、状況が状況だァ。仕方ねェなァ」
私からマナの聖水を受け取ると、親方さんはすぐに行動へと移す。トラキロさんもその言葉に従い、淡々とはいえ協力してくれる。
私に詳しいことは分かんないけど、兆しが見えてきたのは分かる。後はここの人達に任せるしかない。
「後はトラキロさんの方で準備ができれば、この男も助かるだろう。いやー、ミラリアちゃんにはつくづく世話になるな」
「それだけじゃなく、ミラリアは闇瘴のバケモノまで退治しちゃったからな。色々気になるが、アタイも助けられてばっかりさ」
「なんと!? 闇瘴を打ちのめしたということか!? 聖職者には見えないが、まさかそこまでやってくれるとはな!」
「……あんまり褒めないでほしい。それより、リーダーさんを助けることに集中して」
これまでの私の活躍に対し、親方さんやランさんもたくさん褒めてくれる。嬉しいのは嬉しい。でも、やっぱり怖い。
またディストール王国の時みたく、不幸の連鎖が始まるんじゃないかと怯えてしまう。そのせいで素直にお礼を受け取れない。
――多分このままじゃダメなんだろうけど、どうしても怖さが先に出て突き放してしまう。
■
「ミラリアちゃん。マナの聖水のおかげで、あのAランクパーティーリーダーも一命をとりとめた。今後の闇瘴対策として、トラキロさんでも同じ成分のものを作ってくれた。これでもう心配はないさ」
「そう。それはよかった。私も安心した」
「君にも出来上がった複製品を何本か渡しておこう。もしもの時に役立つはずだ」
しばらくギルドの一室で待ってると、親方さんが事の顛末を語ってくれた。
何はともあれ、リーダーさんも一命は取り留めた模様。マナの聖水をベースにお薬も作れたらしく、今後はこういった被害が出ても即座に対応できるそうだ。
ようやく私も肩の荷が下りた。嫌な人は嫌な人だけど、見殺しにしていいはずがない。
「それにしても、こちらとしてはもっと正式に感謝を示したいのだが、本当にミラリアちゃんはいらないのかい?」
「うん、いらない。リーダーさんを助けたのだって、当然のことをしたまで。そこまで偉くない」
「……ミラリアってさ、なんだか褒められるのを避けてるよね? 何か理由でもあるの?」
「……別に」
今はリーダーさんが助かったことだけでいい。感謝はもういらない。
親方さんとランさんは不思議そうに私を見るけど、こっちも余計なことを喋れない。こうやって感謝を避けるようになった経緯など、話したくもない。
――この胸の内を聞いてもらうこともまた、親方さんやランさんを巻き込む結果に導きそうだ。
「……親方さん。ちょっとアタイとミラリアだけで話してていいかい?」
「あ、ああ。まあ、君もあの人の娘さんだ。この部屋は好きに使ってくれ」
思わず顔をうつむかせてると、ランさんが何かを察したように人払いしてくれる。
親方さんも部屋を出て、トラキロさんは色々と作業中。今この部屋にいるのは私とランさん、それと魔剣のツギル兄ちゃんのみ。
「悪いね。こうした方が魔剣の兄ちゃんも含め、話がしやすいと思ってさ」
「は、話? 私、あんまりお礼とか感謝の話は――」
【まあ待て、ミラリア。ランさんも気遣ってくれてるのに、いきなり突き放すのは無礼だ。……それで、俺達に何か話があると?】
私としてはあんまり話をしたい気分じゃないけど、ツギル兄ちゃんがランさんに取り次いでしまう。
こうやって余計な人を部屋に入れなかったのも、ツギル兄ちゃん含めて話せる状況を作るのが目的だったわけか。ランさんにはもう魔剣のことがバレてるから隠すこともない。
――ツギル兄ちゃんに関しては、単にかわいい女の子と一緒にお話ししたいからじゃないよね?
「ミラリアでも兄ちゃんでもいいが、どうしてそんなに人の感謝を避けるんだい?」
「それは言わない。言ったら巻き込んじゃう。ツギル兄ちゃんも言わないで」
「……だったら、質問を変えようか。ミラリアって少しおかしなところはあっても、しっかり教育を受けて育った印象があるんだよね。狩りにおいても『命を無駄にしない』とか、誰かが苦しんでると『立場に関係なく助ける』とかさ。そこらへんの話、聞かせてくんない?」
最初は感謝についての話を出されたけど、私が嫌がるとすぐに話題を変えてくる。つまり、エスカぺ村でのことを聞きたいってことか。
それぐらいなら話せる。褒められてるけど、この場合褒めてもらえてるのはエスカぺ村のみんなの方だ。
ここについてはツギル兄ちゃんも交え、ランさんと話をしていく。
「へぇ……あんた達って本当の家族じゃなくても、そのスペリアスって人や村の人達がしっかり育ててくれたんだ。アタイから見ても大切に育てられたことが分かるよ」
「うん、大切に育ててもらった。その時のことは今でも……これからも忘れない」
【ミラリアがこういう考えに行きついたのにも理由はあるが、そこの深堀は勘弁してくれ。ただ、今のミラリアの姿は俺も兄として誇れる】
エスカぺ村のことを話はするけど、喋るのは『村でどんなふうに育てられたか』の部分だけ。どういうことを教えられ、どんな人達がいたのか。
エスカぺ村が滅んだあたりの話はできない。その話をすれば、また感謝嫌いの話に戻りそうになる。ツギル兄ちゃんもそれを理解し、先に釘を打ってくれた。
こういう話をする分には問題ない。私だって、人とお喋りするのは好きで――
「……だから、アタイは余計に不思議なんだよね。こんなにしっかり育ててもらえてるのに、その村では『感謝を素直に受け取りなさい』って教えなかったのかな……ってね」
ミラリアの行動と感情、そして胸の内にある教えは、所々でほころびが生じている。




