その少女、魔物の大群と対峙する
外の世界に出て、初めて剣を振るう時。
「ああ! あれはブルホーンと呼ばれる牛の魔物だ! そいつらが群れをなして、この王国に突っ込んでくるとは……!?」
「それって、かなりマズいこと?」
「ここのことを知らない君からすれば、脅威についてもイマイチか。あの規模の大群が城下に雪崩れ込めば、多くの民が犠牲になってしまう。こっちも早急に騎士団を派遣し、迎え撃つ準備をしないと……!」
どうやらブルホーンという魔物の大群が、このディストール王国を襲ってきてるらしい。レパス王子もさっきまでと一変し、慌てた様子を見せてる。
そんなに危ないことなのかな? あれぐらいの大群ならば、エスカぺ村の結界なら防げるんだけど? ブルホーンって、そんなに強いの?
「ねえねえ、レパス王子。結界はないの?」
「そういったものはこの王国にはない……! おそらくはその結界もエデン文明に関わるものだろうが、今はそれを考察してる場合でもないな……!」
「だったら、私が退治してくる。ちょっと待ってて」
「お、おい!? 城の窓から飛び出したら――って、なんという身のこなしだ!?」
どうやら、ディストール王国にはエスカぺ村みたいな結界はないようだ。それなら仕方ない。向かってくるなら倒すのが一番。
私にはレパス王子にミルクやお話のお礼がある。だからここでブルホーンを倒してお礼にしよう。
なんだか『騎士団』なるものが動くのに時間がかかるらしいけど、ならば私があの大群の前まで辿り着くのはすぐの話。レパス王子が驚いた声を出すのも気にせず、スペリアス様の厳しい修行仕込みによる移動術で駆けていく。
「な、なんだあのアホ毛の女の子は!? 屋根の上を物凄いスピードで駆け抜けてるぞ!?」
「城壁の外へ向かってるの!? でも危険よ! 外には今、ブルホーンの大群が!?」
屋根を飛び越えて向かう際、下の方からディストール王国の人達の声が聞こえてきた。なんだか、私を見て驚いてるみたい。
エスカぺ村ではいつもやってることなんだけどね。ツギル兄ちゃんとの追いかけっこがヒートアップすれば、ステージが屋根の上に移ることも多々ある。
それにしても、下では人々が生活してるみたいだけど、これまたエスカぺ村とは大違い。通路に綺麗な形の石がはめ込まれて歩きやすそう。
エスカぺ村だと土と草ばっかりの地面でデコボコだったのに、外の世界は不思議がいっぱいだ。
「……でも、今は魔物の大群が先。確かにたくさんいる」
気になることはあるけど、優先することは優先しないといけない。スペリアス様にもそう教わった。
大きな壁を越えて地面へ降り立てば、眼前に広がるはブルホーンと呼ばれる魔物の大群。確かにあれがみんなのところに入り込むと、大変なことになるのは分かる。
「だけど、私が負ける相手とも思えない。走ってくるけど、そこまで速くない」
とはいえ、眼前で対峙してみてもそこまでの脅威は感じない。確かに数は多いし、角の生えた体も私よりずっと大きい。
それでも負ける気がしない。スペリアス様の修行において『相手のわずかな動きから力量を伺う術』は身に着けてたから、おおよその実力は理解できる。
――ハッキリ言えば、私の方が何倍も強いと見える。
「でも、油断は厳禁。スピードは私が上だから、素早く終わらせるのが適切」
とはいえ、そこで甘い考えに至ってはいけないのもスペリアス様から教わったこと。おおよその力量差は判断できた。
パワーについてはいまだ不明。ただし、表皮は特別強固でもない。御神刀の強度が上なのは見て取れる。
――それならば、自慢のスピードと居合で速攻勝負を仕掛けるのみ。
ダッ――ズパンッ! ズパンッ! ズパンッ!
「ウゥ!? ウモォォォオ!?」
「ごめんなさい。だけど、このまま突っ込まれるわけにはいかない。斬り捨て御免」
ブルホーンの大群へこっちから潜り込み、後はそこから居合で徹底的に斬り刻む。
抜刀して納刀。抜刀して納刀。居合の弱点は斬った後の硬直だけど、私はそこも素早い納刀でカバーできる。抜刀の間際にも斬撃を加え、一度の動きで二連撃を加えるのが私の得意技。
この辺りの動きに関しては師匠であるスペリアス様より素早い。もっとも、魔法が使えないから模範試合で勝てたことはないけど。
それでもこの程度の魔物が相手ならば、遅れを取ることなどない。双方の実力については先に予測した通りだ。
腰に携えた御神刀を振るい、次々とブルホーンを斬り捨てていく。
「私も無闇なことはしたくない。おとなしく退いてくれるなら、これ以上斬り捨てはしない」
「ウッ……ウモォォォ……!?」
ある程度斬り伏せていくと、ブルホーンの大群も最初の勢いを完全に失っていく。私の周囲を残った大群が囲ってくるけど、その様子は完全に怯えている。
戦意を失った者まで斬りはしない。これもまた、スペリアス様より教わった剣の道。
居合の構えもやめ、刀の切っ先を突きつけてブルホーンを脅しにかかる。もう勝敗は決した。
こちらにこれ以上戦う必要がないことを示せば、今のブルホーンもおとなしく従ってくれるはず。
「ウモォ……モォォオ……」
「分かってくれて嬉しい。できれば、もう大群で襲わないでほしい」
その目論見通り、ブルホーン達は落ち着きを取り戻して来た道を戻っていった。
何匹かは斬り捨てざるを得なかったけど、できるかぎりの被害は抑える。無闇やたらと剣を振るうのは未熟者のすること。
――これらスペリアス様の教えについては、外の世界に出ても変わらない。
「これで大丈夫。とりあえず、レパス王子のところに戻って――」
「あ、あのアホ毛の少女、一人でブルホーンの大群を追い払ったのか……?」
「な、何者なんだ……? だが、おかげで助かった……!」
「誰かは知らないけど、あの子は英雄よ! 本当にありがとう!」
ブルホーンが帰っていくのを眺めてると、壁の方から声がたくさん聞こえてくる。
どうやらディストール王国の人達が壁にあった扉から顔を出し、私の様子を伺ってるらしい。
私はやれることをやっただけ。自分としては特別凄いことをした気はない。
あのブルホーンの相手にしたって、スペリアス様の修行の方が厳しいぐらいだ。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
「あんたのおかげで、我々は救われた!」
でも、こうやって褒めてもらえるのは初めての経験。ここまで声をかけてもらえるなんて、エスカペ村ではなかったこと。
まだ分からないことだらけの外の世界だけど、これは明確に断言できる。
――今の私、凄く嬉しい気持ち。
相対的にスペリアス様はどんだけ強いのよ。