その少女達、権利を主張しあう
突如現れたライフル少女のことも気になるが、まず最大の問題は「巨大ワニは誰のもの」なのか?
「お? なんだかちっこいのがいるね。デカゲーターに襲われてたみたいだし、アタイのおかげで助かった感じ?」
「別に助けてもらわなくてよかった。それより、このでっかいワニは私の獲物。横取りしないで」
どうやらこのでっかいワニは『デカゲーター』という名前らしく、調べてみれば討伐対象にもなってた。こいつを倒せば、美味しいワニ肉にだってありつけた。
なのにそこで横やりを入れてきたのは、茶髪でツギル兄ちゃんと同じ年齢ぐらいの女の子。どこか気が強そうで、私ともフューティ姉ちゃんとも印象が違う。
おまけに手にはロードレオ海賊団が持ってたライフルがさらに長くなったものを持ってる。獲物の横取りもだけど、この子は何者?
「それって、ライフルだよね? もしかして、ロードレオ海賊団?」
「ん? ロードレオ海賊団を知ってんのかい? 残念ながら、アタイはロードレオとは無関係さ。それより、デカゲーターをこっちに渡してくんない?」
「嫌。このワニ、私が狙ってた」
「残念だが、そういう理屈は通らないってもんさ。『獲物を手にする権利は捕らえた人間にある』って、ギルドでも言われてないかい?」
思わず尋ねてみても、こっちの質問は軽く流されてしまう。それどころか、デカゲーターの権利まで主張してくる。
確かにギルドでも話は聞いて、権利は捕らえたこの人にあるってのは分かる。でも、納得できない。
そもそもデカゲーターは私に襲い掛かって来て、戦おうとしてたのは私。それを横からライフルで横取りされただけ。
「私、ギルドに正式登録してない。だから、そんな言い分に従うつもりもない」
「生憎と、アタイもギルドには非登録さ。それでも守るべきルールはある。初めて見る顔ってことは初心者だろうが、未登録でもルールはルールさ。おとなしく渡しなよ」
「ううぅ……で、でも……」
とはいえ、主張は向こうの方が筋が通る。ルールと言われると、私も破りたくはない。ルールを破るのは悪いこと。
だけど、素直に納得できるかと言えば話は別。せっかくのワニ肉を目の前にして、それを奪われるのは辛い。
――私のお口はワニ肉を受け入れる準備で万端だったのに。
「ううぅ……うあぁぁぁあん! ワニ肉ぅぅぅう!」
「え……えぇ!? 泣くほどのこと!? てか、そんなにデカゲーターを食べたかったの!?」
残念無念な気持ちから、私は思わずその場で泣き出してしまった。みっともないけど、ワニ肉が食べられなかったのが辛い。
あの歯応えがありながらも適度な脂が乗ったお肉の味わい。せっかく食べられると思ってただけに、悲しい気持ちもひとしおだ。
【お、おい、ミラリア!? たかがワニ肉を食べそびれたぐらいで、そこまで泣くこともないだろ!?】
「だって……だってぇぇえ!」
「ちょ、ちょっと待って!? その腰に下げてる剣が喋ってるの!? あ、あんた達こそ何者!?」
【ああ、いや!? こ、これは……!?】
あんまり私が泣くものだから、ツギル兄ちゃんも思わず大声で指摘してくる。それこそ、目の前のライフル少女にも聞こえるぐらいの声で。
そのせいで魔剣に興味を示されてしまう。『面倒だから人前では喋らない』って言ってたのはツギル兄ちゃんなのに、これでは台無しだ。
――でも、私の気持ちはもっと台無し。この口にせっかくのお肉が入らなかったのが辛すぎる。
「ワニ肉ぅ……えっぐ。私のワニ肉ぅぅう!」
「わ、分かったから泣き止みなっての! ああ、もう! ただ狩りをしてただけなのに、とんでもなく面倒な連中に出くわしたもんだ! まずはこっちで休んで――」
「ワニ肉ぅぅうう!!」
「ワニ肉連呼止めろ! ちょっとだけ待ってなっつの!」
森の中で木霊するのは、ワニ肉を食べられなかった私の未練。そんな私を気遣うように、ライフル少女は手招きしながら森の一角へ案内してくれる。
■
「……ったく。ほれ。今、デカゲーターの肉を焼いてるところだ。食わせてやるから、もう泣き止めっての」
「えっぐ……ふえ? い、いいの? ワニ肉、食べられるの?」
「ああ、食べさせてやる。アタイとしても、これ以上泣き叫ばれたらたまったもんじゃない……」
森の開けた場所に案内されると、ライフル少女は焚火をつけてデカゲーターを解体し始める。
慣れたナイフ捌きで肉を切り、血も同時に抜いている。焚火にしたって指先から火炎魔法でパパッと点けてたし、要所要所の動きがとにかく手慣れてる。多分、見た目のわりに熟練の冒険者なのだろう。
しかも捕らえたデカゲーターのお肉をご馳走してくれるらしく、おかげで私もようやく泣き止めた。
思えば、なんとも子供っぽいワガママを言ったものだ。我に返ると申し訳ない。実際のルールとして、このライフル少女は間違ってなかったのに。
「……あの、ごめんなさい。私、ワガママ言ってた。え、えっと……?」
「ああ、名前かい? アタイは『ラン』って名前だ。まあ、ワガママについては気にすんな。アタイとしてもデカゲーターの肉より、鱗や牙の方が高価で価値がある。肉が食いたいってんなら、好きなだけ食えばいいさ」
「あ、ありがとう。……あっ、私はミラリア。よろしく、ランさん」
焚火を挟んで向かい合って地面に座り、こちらの謝罪からの自己紹介。このランさんって人も教えてくれたんだし、ここは名乗らないと無作法だ。
いくら名前を広げたくないからって礼儀を忘れちゃいけない。私としても、ランさんのことは気になる。
「ところで、肉が焼けるまでの間にアタイから聞きたいことがあるんだが……いいかい?」
「ふえ? 何かある?」
ただ、それはランさんからしても同じことだったらしい。私も質問はあるけど、ここはランさんの話を優先しよう。
でも、何を聞きたいのかな? 私、さっきまで泣き喚いてただけだし――
「その剣……なんで喋んの?」
「……あっ」
【そりゃ、聞かれるよなー……】
ミラリアのオツムは基本的に抜けている。




