その冒険者、少女を甘く見る
ハッキリ言えば、ミラリアは並の軍隊が相手でも勝てるぐらいには強い。
「何? ちょっと武器に触ろうとしただけでムキになっちゃって?」
「リーダー! そいつ生意気だから、やっちゃってって感じー!」
私達が睨み合ってそれぞれ武器を構えると、外野でAランクパーティーの女二人が茶化してくる。
私にとって、この魔剣はただの武器じゃない。ツギル兄ちゃんの魂が宿り、エスカぺ村のみんなが繋いでくれた意志の証だ。
何にも知らずに茶化さないでほしい。私も流石に怒る。
「その腰の剣は抜かないのかい?」
「抜かない。もう準備はできてる」
「フン。気に食わない眼をしてくれる。だが、俺が持つこの槍『パルスピア』の前で、鞘に納めたままの剣は意味を成さない。……それでも俺は手を抜かない。Aランクの全力、出させてもらうぞぉぉお!!」
ギルドの中はいつの間にか私とAランクパーティーリーダーとの決闘場だ。向こうが手に持った槍は何やらゴテゴテした装飾がついてて、見た目は強そうでまあまあカッコいい。
その槍で刺突の構えをしながら、ダッシュで間合いを詰めてくる。
【まったく……なんで決闘なんかに発展するんだか】
「だって、勝手にツギル兄ちゃんに取ろうとした。許せない」
【まあ、ほどほどに相手してやれ。あの槍自体に特別な力はない。強度はそこそこだが、装飾はただのハリボテだ】
「動きも大したことない。ディストールの兵士よりは上だけど、十分目で追える」
とはいえ、トータルで見ても大した相手ではないのは明らか。Aランクとやらがどれぐらい凄いのは別として、今の私の相手ではない。
魔剣の力に理刀流の技。これらが合わさり最強に見える。
鞘に納めたままの魔剣に震斬の効果を付与。突き出そうとしてくる槍の動きを目で追いつつ、刀身を鞘走りさせる。
ズパンッッ!!
「えっ!? なっ!? ば、馬鹿な!? 俺のパルスピアが……真っ二つだと!?」
突き出された槍を屈んで回避しつつ、体をしならせて居合一閃。ちょっと硬い程度の槍だって、魔力を纏えば斬り捨て御免。
ものの見事に槍は切断され、斬られた先端は宙を舞った後に床へと突き刺さる。
これにて、急遽始まった決闘も終焉。私の勝利をもってして決着となった。
「な……なんなのよ!? その剣は!? なんでリーダーのパルスピアが斬れるのよ!?」
「パルスピアは上級武器だしー! そんなショボい剣で斬れるはずないしー! そもそも、抜いたところも全然見えなかったしー! 絶対何か反則してるしー!」
「槍が斬れたのは単純に柔いからと、当人の技術不足。魔剣の力と太刀筋を見切れないのが悪い。刃を向け合う勝負に、反則も何もない」
パーティーの女二人もまたまた外野から口を挟んでくるけど、言ってることはただの負け惜しみ。こちらは魔剣を腰で整えて、元々座ってた椅子に座り直す。
Aランクってここでは凄いって聞いたけど、全然大したことなかった。とはいえ、この勝利で油断は禁物。
私は今でも臨戦態勢。もしもここから反撃しようものなら、再び斬りかかる備えはできている。
「く、くそ! 俺らがこんな舐められたままで終われるか! おい! 別の武器を――」
「焦んなよォ、Aランクのクセによォ。オレの見立てでも、テメェらが勝てる見込みなんかねェよォ。この嬢ちゃん、今だって気を抜いてる様子がねェ。不意打ちさえも無駄だってことに気付けねェのかァ?」
「ぐうぅ……!? きょ、今日のところはここまでにしておいてやる! だが、次はこうも行かないからな! 覚えてろ!」
私に備えができてることを悟ったのは、向かいの席に座ったままのトラキロさんだった。まだ挑みかかろうとするAランクパーティーを諭し、これ以上の戦いを止めてくれる。
その話を聞かされて、イソイソとギルドを後にするAランクパーティー。騒ぎ立てていた他のお客さんもおとなしくなり、店の中も一気に静かになった。
「トラキロさん、ありがと。私もあんまり何度も戦うのは嫌」
「そうかァ。だが、ミラリアの腕前は大したもんだァ。まだ全容は見せてねェだろうが、オレの見立てではAランクパーティーをレベル30とするならば、ミラリアはレベル70ぐらいってェところかァ?」
「……むぅ? その『レベル』って何?」
「オレ独自の価値基準だァ。気にするんじゃねェよォ」
私としてもこれで助かった。戦うのも下手に騒がれるのも嫌。ギルドの空気も元に戻っていくし、なんだかんだでトラキロさんにはお世話になる。
ただ、同時にちょっと気になることもある。実はトラキロさん、凄く強いんじゃないかな?
私達の決闘についても、もしかすると目で追えてたのかも。そうだとしたら、このギルドにいる誰よりも強くてもおかしくない。
よく分かんないけど、さっきの決闘で強さの指標まで見えている。Aランクとかの指標よりも細かそうだ。
「まァ、それだけの実力がありゃァ、ここのギルドが紹介できる案件もこなせるだろうよォ。できればさっきの連中みたいにパーティーを組んだ方がいいが……」
「それはやめておく。私、一人で行動したい。……他の人と一緒は避けたい」
「だよなァ。まァ、一人でも問題ねェとはオレも思ってる。こっちも別件で用事があるし、後は一人でやってくれやァ」
その後のことについても少し語ってくれると、トラキロさんは席を立ってギルドを出ていった。
そういえば、トラキロさんも親方さんと同じように船の仕事もあるんだっけ。ギルドを登録せずに使ってるのも、そういった仕事の背景があるからって言ってた。
何はともあれ、私の実力なら一応はやっていけそうなのは分かった。今から試し程度に案件とやらを受けてみよう。
【ところで、ミラリア。俺には気になってることがあるんだが?】
「気になってること? 何?」
【お前、フューティ様からお小遣いをもらってたよな? あれは使わないのか?】
早速と思って席を立つと、ツギル兄ちゃんが何やら疑問を述べてくる。
確かに私はフューティ姉ちゃんから結構な額のお小遣いをもらった。別に忘れてたわけでもない。
今でもしっかり荷物にしまってるし、これがあれば当面の資金に難儀はしない。別にギルドの案件を受けずとも、しばらくは旅ができる。
――ただ、私はこのお金を使いたくない。
「このお小遣い、元々はフューティ姉ちゃんのお金。……だから、フューティ姉ちゃんのためになる形で使いたい」
ミラリアにとって、もらったお小遣いには特別な意味がある。




