その少女、空から落ちてくる
親方ぁあ! 空から女の子がぁぁあ!
【どうするんだよぉお!? 今度は船の上に叩きつけられるぞぉお!?】
「大丈夫。下はもう海じゃない。それにこれぐらいの高さ、私なら着地できる」
心を落ち着けようとも、流石に距離や危機的状況といった要因は無視しきれなかったか。転移魔法が見える場所や知ってる場所でないと上手くいかないことも要因だろう。
移動した先は船の上――というより上空。かなりの高さがあるし、普通だったら落ちて大怪我。最悪死ぬ。
でも、そこはスペリアス様の修行に耐え、新たに理刀流の剣技を身に着けた私だ。体の使い方も自然と上手くなっている。
たとえこの高さであろうとも、空中で体勢を整えて着地できる自信はある。
脚をしっかり下に向けながら落ち、そのまま船の上に――
バキャァァアアン!!
――着地しようとしたら床が抜けた。
なんてことだ。これでは私が重たいみたいだ。確かに荷物も持ってたけど、別に私は太ってない。
もうちょっと船も頑丈にしておいてほしい。また私のように落ちちゃう人が出たら大変だ。
「お、親方ぁぁあ!? そ、空から女の子がぁぁあ!?」
「な、なんだと!? いったい、何がどういう状況だ!? その女の子はどうなった!?」
「か、甲板を突き破って、下にあった木箱に体が埋まってます! ……うわっ!? こっち見た!? い、生きてます!」
まあ、海で溺れる心配はなくなったので良しとしよう。ただ、私の体は船の中にあった木箱にスッポリ収まり、顔だけ出してる状態。
上を見てみれば、船に乗ってた人達が床の穴から覗き込んでくる。こっちは顔だけなので、ちょっと恥ずかしい。
「ねえねえ、ここから出して。スッポリはまって抜けない」
「ぜ、全然ピンピンしてるぞ……!? ほ、本当に何者なんだ……!?」
「と、とりあえず……助けますか? 親方?」
「そ、そうだな。あのままだとこっちも困るし……」
幸い、私に大した怪我はない。ただ一人じゃ抜け出せないので、船の人達に助けを求める。
かなり恐る恐る対応されるものの、とりあえず助けてくれるみたいだ。無事とは言いづらいけど、溺れずに済んだし何よりだ。
「あー……お嬢ちゃん? 君は何者なのかな? どうして空から降って来たのかな?」
「イカダで海に出たら、イカダが壊れた。近くにこの船があったから、転移魔法で飛び移ろうとした。船を壊してごめんなさい。でも、助かった」
「お、親方。確かに遠方にイカダの残骸と思わしき丸太が見えます。転移魔法なんて初めて聞きましたが、嘘ではないのかもしれません……」
「わしとしては『イカダで海に出た』ってことに『嘘だろ?』と言いたいがな……。どんだけ命知らずな少女なんだか……」
木箱からも抜け出させてもらい、船の人達にも事情を説明してみる。まるで珍獣でも見るかのような反応だけど、私はれっきとした人間だ。
ともあれ、こっちも船に穴を開けちゃった身。あまり強く言い出せない。
船自体は問題なく動いてるっぽいし、私も無事だから良しとしよう。良しとしたい。
「ちなみに、お嬢ちゃんはこの地図だとどこから来たんだい?」
「んー……この大陸」
「ディストール王国やエスターシャ神聖国がある大陸か。……ここってかなりの沖合だし、よく今まで無事だったね」
「私も海がここまで大きいものだとは知らなかった。後、海が塩で味付けされてることも知らなかった」
「……本当になんで無事だったんだろうか?」
一度穴の上まで上がると『親方』って呼ばれてる人がさらに事情を尋ねてくる。地図を広げられたので元いた大陸を指差すと、これでもかとばかり呆れられる。
親方さんも船の場所を指差してくれるけど、今は大陸と大陸の真ん中にあるっぽい。この距離だと、泳いで辿り着くのも無理だった。
説明されると、自分でもよく助かったなと思う。むしろ、もうこんなに流されてたのか。
「潮の流れはイカダ程度でどうこうなるものじゃない。お嬢ちゃんは海を甘く見過ぎだ」
「うん、甘く見てた。ごめんなさい。でも、どうしてもここの大陸を目指したくて」
「こっちは……ポートファイブか。この船はポートファイブの商船で、今から戻るところだ。事情は知らんが、これも何かの縁か。わしらが送ってやろう」
「本当に? とても助かる」
「まあ、こっちも仕事がある。あまり込み入った事情に踏み入りたくないし、しばらくは船でおとなしくしてくれ。……また甲板に穴開けられても困るし」
しかもラッキーなことに、この船は私が目指した大陸へ向かうようだ。
地図を見ると、そこに示されたのは『港町ポートファイブ』という地名。とりあえずの目的も果たせるし、終わり良ければ全て良しだ。
【一時はどうなることかと思ったが、ひとまずは大丈夫そうか……】
「そういえば、ツギル兄ちゃんは喋らないの? 親方さんに聞きたいこととかは?」
【普通、剣は喋らないだろ? ただでさえ空から落ちてきて不審がられてるのに、俺が口を開くと余計に話がこじれる。今後もしばらくは人前で喋らないようにするぞ】
「それは分かるけど、ちょっと寂しい」
【仕方ないだろ。……それに、外の世界の人が全員フューティ様のように話しやすい人とは限らない】
親方さんが立ち去ると、ツギル兄ちゃんもようやく口を開いてくれる。でも、そこには警戒心も詰まってる。
確かに私達は今、ディストール王国でもエスターシャ神聖国でもない人達の中にいる。これまでのこともあるし、あんまり簡単に信用はできない。
船で送ってくれるのだって、物のついでだ。
「なら、船を眺めてる。こんな大きな船は初めてだから興味ある。……あの大きな布は何?」
【あれは『帆』だな。あれで風を受けて、船を進ませるそうだ】
「ふーん。こんな大きな船なのに、風で進むんだ。……不思議」
とはいえ、今船の上でできることもない。親方さん達も忙しく何かしてるし、おとなしく待つしかなさそうだ。
ツギル兄ちゃんの解説を聞きながら、船の隅っこでキョロキョロしてみる。
エスカぺ村のボートとは大違いだ。ただ大きいだけでなく、帆や部屋までついてるし、こんな大きくて重そうなのによく沈まないで――
ヒュゥゥゥ――ドカァァアンッ!!
「うわっ!? 何!? 船に何か当たった!?」
「お嬢ちゃん、大丈夫か!? これはまさか……砲撃か!?」
――などとのんびりしてたら、突如船が大きく揺れて尻もちをついてしまう。親方さんも慌てて声をかけてくれるけど、さっき『砲撃』って言ったのかな?
その言葉はディストール王国で聞いたことがある。魔法とは別の力で攻撃する武器だったとか。
もしかして、この船もどこかから攻撃されてるってこと? 誰に?
他のみんなも慌てて船の上で長い筒を目に当て、辺りを見渡してるっぽいけど――
「お、親方ぁあ!? 大変です! 九時の方角に海賊旗が!」
「か、海賊だと!? ッ!? あ、あの海賊旗はまさか……ロードレオ海賊団か!?」
親方ぁあ! 海から海賊船がぁぁあ!




