その聖女、安らかに眠る
次々に周囲の人々に先立たれても、ミラリアには託されたものがある。
「……うんしょ。とりあえず、これで形になったと思う」
【上出来だな。できればしっかりとした棺を用意したかったが、エステナ教団も信用ならない。せめてここで、安らかに眠ってもらおう】
フューティ姉ちゃんが遺してくれた手帳と聖水。それを受け取ると、遺体をできる限り綺麗にして、近くの木で棺を作る。
斬る分には問題ないけど、別に私は木工が得意でも何でもない。出来上がったのは不格好な棺。
それでも中に花を敷き詰めたりして、フューティ姉ちゃんの遺体を横たえさせる。後はフタを閉めて地面に埋めれば、フューティ姉ちゃんともお別れだ。
ここは女神エステナの像がある聖域。悪い人達からも守ってくれるはずだ。
「女神エステナ様……。私は全然知らないけど、どうかフューティ様だけは守ってください……」
棺にフューティ姉ちゃんを収め、埋めるための穴も掘ったら女神エステナの像に祈りを捧げる。実際、どこまでの効果があるかは分からない。
それでもこうやって祈らずにはいられない。もう一緒にいることはできなくても、せめてできることはやり尽くしたい。
――そんな想いを胸に抱き、棺を閉じて穴へと埋めていく。
「……これでお別れ。本当のお別れ。悲しいし、寂しい。でも……でも……! 私がクヨクヨしてたら、フューティ姉ちゃんも天国で心配になって……うあぁぁぁ……!」
【……今は泣いても構わない。俺だって魔剣の姿じゃなきゃ、涙を流して悲しみたい。『泣ける』ってことは、人間の証みたいなものさ】
「うん……うん……!」
最後ぐらいは笑顔でお別れしたかったけど、やっぱり無理だった。棺の上に土を被せる最中でも、フューティ姉ちゃんとの思い出が蘇ってしまう。
私がエスカぺ村に帰ろうと思えたのは、フューティ姉ちゃんが話を聞いてくれたおかげ。
旅に出た私が最初の目的地としてエスターシャ神聖国を選べたのも、フューティ姉ちゃんが教えてくれたから。
フルーツサンドといった美味しいご飯も食べさせてもらえて、次に目指すべき場所のヒントも得られた。
――思い返してみれば、感謝してもしきれない。
「ありがとう……フューティ姉ちゃん……! またここに戻って来て、今度はしっかりとお墓を作るから……!」
溢れる感情を止められない。泣きながらみっともない顔をして、頭の中では感謝や謝罪が入り混じる。
でも、いつまでも悔やんではいられない。悲しさも苦しさも、乗り越えてみせるってもう決めた。
袖で涙を拭いながら立ち上がり、崩れた顔にも気合を入れる。
道は示してもらえたんだ。まずはそこを目指すのみ。
「この川を下れば、海に出るんだよね? 海って、大きな池なんだよね?」
【まあ、俺も話に聞いただけで詳しくは言えないが、まずは行って見てみるのが一番か。……もう大丈夫なんだな?】
「平気……って言えば嘘になる。だけど、私は挫けない。とりあえず、川の下流を目指そう」
立ち上がって女神エステナの像に祈りながら、旅の次なる目的地をツギル兄ちゃんとも話し合う。
本当はまだフューティ姉ちゃんの傍にいたいけど、長々と立ち止まってもいられない。下手に私がここに留まれば、レパス王子やリースト司祭にも見つかる危険がある。それでフューティ姉ちゃんのお墓を荒らされたくない。
祈りが終わったらフューティ姉ちゃんが埋められた場所に背を向け、ゆっくりと川の下流へ歩みを進める。
手にするは兄の魂が宿る魔剣と、姉と思った人が託してくれた手帳と聖水。私をここまで支えてくれた人達の想いを抱き、楽園を目指す旅はまだまだ続く。
【……なあ、ミラリア。海の向こうの大陸には、どんな美味しい食べ物があるんだろうな?】
「え? 何? 急にどうしたの?」
【言ってしまえば、俺なりの気遣いだ。旅は苦しいことも多いが、そればっかりじゃないだろ? エスターシャ神聖国で食べたフルーツサンドみたいに、まだまだ知らない楽しみだってあるはずさ】
「自分で『気遣い』って言っちゃうと、なんだかシラける。……でも、ありがとう。私もそれは楽しみにしてる」
辛い別れの連続で心が折れそうだけど、本当に折れて止まるつもりなんてない。苦しいことだけじゃなく、まだ見ぬ楽しいことだってあるはずだ。
今はそこまで割り切れないけど、私だって元々は外の世界に憧れた身。未知なる神秘には恐怖ではなく期待に胸躍らせたい。
ツギル兄ちゃんの妙な気遣いも今は嬉しい。一人だったら気持ちの切り替えだってできなかった。
「ところでツギル兄ちゃん。この川、どこまで行けば海に行けるの?」
【それは俺にも分からん。かなり時間はかかりそうだがな】
「なら、転移魔法でひとっ飛びできない?」
【やめておけ。間違って川のど真ん中にでも転移したら大惨事だ】
「むぅ……面倒。旅って、時間がかかる」
ツギル兄ちゃんとも言葉を交えることで、ちょっとだけ気持ちも前に向いてくれる。今の私にとっては、魔剣だけが確かに信じられる人だ。
私はまだ一人になったわけじゃない。スペリアス様にだって会いたい。やるべきこともやりたいことも、まだまだたくさんある。
世界を回って楽園を目指す旅。次に求めるは楽園に住んでいたと言われるイルフ人。目指すは海の向こうにある大陸。
海がどんなものかだってまだ知らない。こことは別の大陸がどんな場所かも知らない。でも、それは『未知の楽しみ』と考えて前へ進もう。
――どれだけ時間がかかっても、どれだけ辛いことがあっても、私は必ず楽園へ辿り着く。その旅だって、まだ始まったばかりだ。
フューティが託したものを手に、ミラリアと魔剣はさらなる旅へ。




