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その聖女、少女に託す

聖女フューティはあるものを守り、ミラリアへ託していた。

「か、かなりたくさん書かれてる……! フューティ姉ちゃん、いつの間にこんなものを……!?」

【旅の同行を願い出てきた時から準備はしていたが、ここまでまとめてたとはな……】


 フューティ姉ちゃんの手帳に目を通すと、その情報量の多さに唖然となる。私達と一緒にいた期間は短かったのに、これだけの情報を整理してたなんて普通はできない。

 ページをめくってみれば、そこに書かれているのは楽園やエデン文明に関する走り書き。文体まではまとまってないけど、必死になって書いてくれたのが手に取るように分かる。


「『ミラリアちゃんと世界中のご飯を食べたい』『ツギルさんとも仲良くなりたい』……って、ここは斜線が入ってるけど……?」

【おそらく、俺達と一緒に旅することを考えてた時は、旅先で楽しみたいことも考えてたんだろう。旅するのに必要なものまで書かれてるし、本当に待ち望んでたんだな……】


 手帳を読めば、フューティ姉ちゃんがどんな思いでこれを書いたのかが伝わってくる。必要な情報だけでなく、私達と旅をした場合にやりたいことまで書かれている。

 でも、それらは後から斜線で消されている、きっと自分がディストール王国に狙われてると知って、その時に除外したのだろう。

 そんなメモ書きにもフューティ姉ちゃんの想いが感じられ、また涙が零れ落ちてくる。

 私だって、フューティ姉ちゃんとは一緒に旅したかった。他の国で美味しいものを食べたり、見たことのない景色を見たかった。


 ――そんな後悔さえもう遅い。


「これを読むと、また悔しくなってくる。レパス王子が許せない。よくも……フューティ姉ちゃんの未来を……!」

【だが、この手帳は今後の旅おいて、重要な手掛かりになりそうだ。……俺としては、これをフューティ様が託してくれた希望だと思いたい】

「……うん、私もそう思いたい」


 後悔は連なっても、私はページをめくって内容を確かめる必要がある。これを遺してくれたフューティ姉ちゃんの想いは無駄にしたくない。


 エデン文明を追うならば、海を渡って別の大陸を探すのが有効とのこと。

 そこはまだ未開の地が多く、イルフ人がいる可能性もあること。

 この秘密の広場にある川を下れば、海に出られること。


 それらがメモ書きながら、しっかりと記されてる。


「この聖水にしても、今後闇瘴の脅威が訪れた時に役立つって」

【本当によくここまで用意してくれてたな……。レパス王子に襲われた時にこれを肌身離さなかったのも、余程重要だったからか】


 一緒に持ってた聖水についても、その用途が手帳に書かれている。『マナの聖水』と呼ばれているらしく、聖女の力がこもった特別な聖水だ。

 闇瘴の恐ろしさについても、やっぱり聖女だからよく理解してる。理解した上で、可能な対策まで用意してくれた。


「後……最後のページ。ここに書いてるのって……?」

【『たとえ私の身に何があっても、目的を見失わないでほしい』……か。もしかすると、フューティ様は自分の身に危険が迫り、最悪殺されることまで想定してたのかもな……】


 手帳に目を通して最後のページを開けば、そこにはフューティ姉ちゃんが私へ伝えたかった願いが記されている。その内容はどこか、自分の身に訪れる危機さえ想定していたようなもの。

 聖女だからなのか、まるで未来を予知していたようにさえ思えてくる。それが分かった上でなお、フューティ姉ちゃんは私にこれらの鍵を託そうとしてくれた。


「ううぅ、うああぁぁ……! フューティ姉ちゃぁん……!」


 そんな想いが私の心に流れ込み、枯れることさえ知らないように涙が流れ続ける。

 この手帳も聖水も、全てはフューティ姉ちゃんが私のために用意してくれた鍵だ。無駄になんかできない。できるはずがない。


 ――フューティ姉ちゃんの願いは私が楽園に辿り着くこと。エスカぺ村の時と同じく、私はまた想いを託された。


「……大切な人が死ぬのは辛い。想いを託されるのだって、楽な話じゃない。でも――」

【ミラリアはその気持ちに応えたい……だな?】

「……うん。理刀流の技は覚えたけど、私はまだ不安がいっぱい。楽園を目指す以上、レパス王子だって、きっとまた襲ってくる。だけど、目指すべき場所は変わらない。……そこまで、ツギル兄ちゃんは一緒にいてくれる?」

【当たり前だ。お前が魔剣である俺を振るう限り、ずっと傍で力になってやる。……ミラリアを一人ぼっちにはさせないさ】


 エスカぺ村のみんなに生かしてもらい、スペリアス様に道を示してもらい、ツギル兄ちゃんに力になってもらい、フューティ姉ちゃんも導いてくれた。

 この先旅を続ければ、また苦痛も恐怖と出くわすことだってある。ただ、それらは歩みを止めていい理由にはならない。


 ――むしろ、止まれない理由がまた増えた。これで楽園に辿り着けなかったら、私はみんなに顔向けできない。


「……フューティ姉ちゃん。いつか旅が終わったら、またここにやってくる。そしたらお墓の前で、どんな旅だったかを伝える。……今はただ、安らかに休んでて。本当に……ありがとう……!」


 フューティ姉ちゃんとの出会いと別れは、期間にすれば短いものだった。それでも、私の心にはその思い出が深く刻まれてる。

 出会ってから高い密度での交流が、私にとって大切な時間だった。絶対に忘れたりなんかしない。




 ――託してくれた情報も願いも私は背負う。どんなに辛い道のりでも、目指すべき道は確かにある。

多くの想いを背負ってなお、小さな少女は前を向く。

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