その少女、迷い苦しむ
レパス王子やエステナ教団からは逃げ切るも、失ったものは還らない。
魔剣の居合による転移魔法を発動させ、私はフューティ姉ちゃんの遺体と共に秘密の広場までやって来た。
聖堂と繋がってる抜け道も破壊しておき、これでレパス王子達も辿り着けない。ここには女神エステナ様の像だってあるし、見守ってくれるはずだ。
何より、ここは私達にとって思い出の場所。ここ以外に適切な場所が思い浮かばない。
【……大丈夫だ。追っ手が来る気配はない。本当に諦めて――】
「う、ううぅ……うあぁぁぁあん!!」
【ミ、ミラリア……】
ひとまずは安心できる。それと同時に、抱いていた想いが決壊したように溢れ出してしまう。
広場の中央で横たえられたフューティ姉ちゃんに顔をうずめ、我慢していた涙がどんどん流れていく。
胸元には穴が開けられ血が出てるけど、もうそれ以上に流れることはない。体に触れても、呼吸や脈は感じない。
ただ冷たくなる体温だけが感じられ、嫌でもその死を実感してしまう。
遺体を生き返らせることはできない。そんな魔法はエスカぺ村にも――エデン文明でも聞いたことがない。
――フューティ姉ちゃんは本当に死んだ。
「えぐっ、えぐっ……! わ、私がもっと早く……駆けつけてれば……! 昨日のうちに……一緒に旅に出てれば……! 最初に『一緒に旅したい』って言われた時……すぐに返事してれば……!」
あの時はしっかり考えて答えを出すつもりだった。ディストール王国の時みたいに、安易な判断を下さないように気を付けた。
なのに、結末は完全な裏目。私がすぐに判断しなかったことが、この結末を招いてしまった。
「フューティ姉ちゃん……ごめんなさい……! 本当にごめんなさい……!」
【……ミラリアのせいじゃないさ。俺だって後悔してるが、いつどの選択が正しいかなんて誰にも分からない】
恐怖で見開かれたフューティ姉ちゃんの眼を閉ざしながら、せめて安らかな寝顔に整える。レパス王子にいきなり襲われ殺されて、怖かったなんて話じゃないはずだ。
私の口から零れるのは後悔と謝罪の言葉ばかり。エスカぺ村のみんなと違い、フューティ姉ちゃんの死には最初から最後まで立ち会うこととなってしまったのだから、余計に罪悪感がこみ上げてくる。
ツギル兄ちゃんが慰めてくれても、やっぱり辛い。選択を間違えるのが怖い。
「……もしかして、私って楽園を目指さない方がいいのかな?」
【お、おい? 急に何を言い出すんだ?】
「だって、レパス王子もエデン文明を使って、自分の体をあんなバケモノに改造したんだよ? 楽園が持つ力って、とっても怖いよね? あんな力が眠る場所を目指すこと自体、選択として間違ってないかな……?」
そう考えると、この旅自体が間違いな気さえしてくる。楽園が本当にあるかは不明だけど、エデン文明という力は確かに存在する。
楽園を目指す目的はスペリアス様に会うこと。会ってごめんなさいしたい。でも、そのためにフューティ姉ちゃんのような犠牲をまた出したくない。
――私が楽園を目指さなければ、誰も死なずに済むかもしれない。
「……ツギル兄ちゃん。私は本当に楽園を目指すべきなのかな?」
【……俺としては目指してほしい。スペリアス様の望みもそうだし、生かしてくれたエスカぺ村のみんなだってそれを願ってるはずだ。……ただ、ミラリアの気持ちも分からなくはない】
「そう言ってくれるだけで十分。私、また迷ってた。自分で自分の道を選択するのって、凄く難しい」
思わず弱気な発言をしちゃうけど、旅して楽園を目指すのはもう決めたことだ。ここで私が折れてたら、全部が台無しになってしまう。
フューティ姉ちゃんだって、一度は私と旅することを望んでいた。私が諦めるのは違う気がする。
――人生って、迷いと選択の連続だ。まだ始めたばかりの旅でも、そのことを痛感する。
「……とりあえず、今はフューティ姉ちゃんのお墓を作る。ここなら女神エステナの像が守ってくれて――あれ?」
【ん? どうかしたのか?】
「フューティ姉ちゃんのローブの中、何か入ってる……? 手帳と……小瓶?」
どうにか折れそうな心を持ち直し、やるべきことはフューティ姉ちゃんを私の手でしっかり弔うこと。そう思って遺体を起こそうとすると、ローブの中から手帳と小瓶が零れ落ちた。
レパス王子によって貫かれた胸元からも運よく逸れていたのか、傷もなければ血もついてない。
小瓶の方にはキラキラした液体が入ってるけど、中身は何だろう?
【その小瓶に入ってる液体、かなり神聖な魔力を宿してるな。聖水の類だとは思うが……?】
「ツギル兄ちゃんでも詳しいことは分からない? だったら、こっちの手帳も見てみる」
【これだけの聖水なら、何かしら重大な意味がありそうだ。知っておく価値はあるだろうな】
優秀な魔術師のツギル兄ちゃんでも、小瓶に入った聖水の正確な詳細までは分からない。でもきっと、聖女パワーが宿った特別なものなのだろう。
フューティ姉ちゃんの遺品だし、無下に扱いたくはない。それに手帳の方も気になる。
勝手に読むのは無作法だけど、弔ったらもう確認できない。そう考えると、目を通さずにはいられない。
「こ、この手帳の内容……!? もしかして……!?」
【……そうか。フューティ様は俺達のために、色々と考えててくれたんだな】
手帳に書かれていたのは、とりあえずメモしただけのような走り書きだ。文脈にまとまりはないし、斜線で消された部分もある。
ただその内容には『イルフ人がいる可能性が高い大陸』や『闇瘴への対処法』といった、私にとって今後の旅に役立つ情報が書かれている。
斜線されている部分にしても『一緒に旅する時に気を付けたいこと』といったものであり、この手帳が何を意味するものかはなんとなくでも分かる。
――言うなれば、これはフューティ姉ちゃんが託してくれた『道標』だ。
迷いを抱きつつも、遺してくれた手掛かりは存在する。




