その少女、誘拐を企てる
フューティの身が心配なミラリアは、誘拐作戦を思いつく。
【……どうやら、部屋の中には誰もいないみたいだ。出てきても大丈夫だぞ】
「分かった、ツギル兄ちゃん」
秘密の広場での修練を終え、私達は再び隠し通路からフューティ姉ちゃんの部屋へと戻る。
ツギル兄ちゃんにも気配を探ってもらい、部屋に誰もいないことを確認。フューティ姉ちゃんもいないのは残念だけど、どうにかコッソリ探してみよう。
「それにしても意外。ツギル兄ちゃんまでフューティ姉ちゃんの誘拐に賛成するなんて。誘拐は悪いことじゃないの?」
【いや、悪いことだ。だが、俺もフューティ様をこのままって気にはなれない。言うなればこれは『誘拐』じゃなくて『保護』だ。そういうことにしておけ】
「……ツギル兄ちゃんがフューティ姉ちゃんと一緒にいたいだけじゃなくて?」
【あー、はいはい。今はそういう話も聞き流したい。とにかく、フューティ様を捜すんだ】
なお、誘拐の話についてはツギル兄ちゃんもあっさり同意してくれた。思わずいつもの冗談も言っちゃうけど、やっぱりツギル兄ちゃんもフューティ姉ちゃんが心配なんだ。
誘拐は悪いこと。でも、悪いことをしないとフューティ姉ちゃんが危ない。スペリアス様に怒られたって構わない。
もしものことで後悔するぐらいなら、今だけは悪い子になる。ディストールの目がなくなる間だけでも、フューティ姉ちゃんには一緒にいてもらおう。
「フューティ姉ちゃん、どこにいるんだろ?」
【変装してないからあまり派手に出回りたくないが、最悪誘拐と同時に転移魔法で逃げ出すか。できれば、事情を話してついてきてほしいがな】
「それって……誘拐?」
【もうこの際、誘拐でも保護でも何でもいいさ。さっきも言っただろ】
一応の作戦も立てて、コソコソしながら部屋を出る。聖堂は広いから、フューティ姉ちゃんがどこにいるのか捜すのも大変だ。
とりあえず、部屋を一個一個見て回るしかないかな? 会話とかしてたら都合がいいんだけど――
「ど、どうしてあなたがここに!? や、やめてください! 来ないで――キャァァァアア!?」
ガシャァァァアン!
「ッ!? 今の声、フューティ姉ちゃん!?」
【な、何があったんだ!? 襲われてるのか!?】
――その時、確かにフューティ姉ちゃんの声が耳に入ってきた。だけど、それは何かから逃げるような悲鳴。
物が崩れる音まで聞こえるし、とてもただ事とは思えない。私の中の警鐘が最大音量で悲鳴を上げている。
――フューティ姉ちゃんの身が危ない。
「フューティ姉ちゃん!?」
額を嫌な汗が流れ、心臓が張り裂けそうなほど鼓動を打つ。エスカぺ村の火事が見えた時と同じ感覚だ。
今は急ぐしかない。すぐにフューティ姉ちゃんに会って、その安全を確認しないと気が済まない。
怖い。とにかく怖い。何もかもが怖い。フューティ姉ちゃんの身にもしものことがありそうで怖い。
今は無事ならそれでいい。フューティ姉ちゃんだって、身を守るための魔法は使えて――
「あっ!? ああぁ……!? そ、そんな……!?」
【う……嘘だろ……?】
――などと希望を抱きながら声がした部屋に飛び入ると、確かにフューティ姉ちゃんはそこにいた。
でもその姿を見て、私もツギル兄ちゃんも言葉を詰まらせてしまう。嫌な汗はまだ流れ、さらには涙まで溢れてしまう。
壁に崩れ落ちるように座りながら、微動だにしないフューティ姉ちゃん。両眼は見開かれてるけど、瞬きをすることはない。
何より恐ろしいのが胸元から溢れる血。剣で突き刺されたような傷が刻まれ、わずかに開いた口からも血が溢れている。
見た目は違えど、エスカぺ村での絶望と同じ光景。私の大事な人が、また目の前で同じ目に遭っていた。
――フューティ姉ちゃんはもう死んでいる。
「そ、そんな……なんで……!? なんで……フューティ姉ちゃんが……!?」
「聖女フューティだけでなく、まさかミラリアもここにいたとはね。実に運命的ではないか」
思わず膝から崩れ落ちそうになるものの、近くから聞こえてきた声で持ち直す。
何度も耳にした声だけど、その声で『安心した』とかじゃない。むしろ『怒りで気が引き締まった』といったところか。
間違いない。こいつこそがフューティ姉ちゃんを殺した犯人だ。だって、これまでの話とも筋が通る。
フューティ姉ちゃんはディストール王国に悪者扱いされてた。この人がディストールの人なのは確定してる。
右手に握られた剣は今でも血で濡れてるし、どう考えてもフューティ姉ちゃんを殺した凶器だ。
――まさか、生きてるとは思わなかった。あの爆発と一緒に死んだと思ってた。
「あの時はよくもやってくれたものだ。ここで聖女フューティともども朽ち果てるがいい」
「レパス王子……!!」
だが、時すでに遅し。




