その聖女、国のために残る
フューティの身に迫る危機を感じつつも、立場というものがある。
「私は教団や国においても地位のある人間。このような状況になってしまった以上、我が身可愛さに逃げだすわけにもいきません」
「で、でも! このままじゃフューティ姉ちゃんが……その……」
「『死んじゃうかもしれない』……とお考えですか? ご安心ください。ディストール王国も流石にそこまでの横暴は働けません。こちらだって対抗はしますからね」
せっかくフューティ姉ちゃんの力になれると思ったのに、返ってきたのは断りの言葉。私達との旅を拒否し、聖女として国に残ると言い始めてしまう。
本人は大丈夫だと言うけれど、私はやっぱり不安。今のフューティ姉ちゃんにエスカぺ村での悲劇が重なって見えてしまう。
「それと、こちらはミラリアちゃんが持っててください。以前にお話ししていたお小遣いになります」
「え? こ、こんなにたくさん? さ、流石にもらえない」
「いえ、どうか持っていてください。旅にはお金が必要になる場面も多いですからね」
私の不安など他所に、フューティ姉ちゃんは食卓の上に硬貨や宝石の入った袋を差し出してくる。ズッシリと重そうだし、見ただけでかなりの金額なのは分かる。
確かにお金は必要。エスターシャ神聖国ではフューティ姉ちゃんが助けてくれたからで、他のところに行っても同じとはいかない。
それでも受け取るのに躊躇しそうな金額だけど、フューティ姉ちゃんはグイグイ押し勧めてくる。この人、本当に押しが強い。
「だ、だけど、私はやっぱりフューティ姉ちゃんが――」
「こちらのワガママが発端だとはいえ、ミラリアちゃんもこれ以上のワガママはいけませんよ。それに私と一緒だと、ミラリアちゃんは余計に目立ってしまいます。私自身も追われる立場になる以上、危険が増すばかりです」
「そ、それは……私が守るから……」
「一人の力でどうにもならなかったことは、ミラリアちゃん自身が経験されてるでしょう? ……私の意志は変わりません。いずれミラリアちゃんの旅が終わった時、また再び会える時を楽しみにしています。私にとってはそれだけで十分ですよ」
「フュ、フューティ姉ちゃん……」
少し私を叱りながらも、笑顔で言葉を交わしてくれるフューティ姉ちゃん。
昨日のようにどこか暴走してた様子もなく、厳しさの中に見える確かな優しさ。ただ、その姿はどこか儚い。
今でも選ぶ道を迷ってはいる。ただ、一つだけ心の中で言えることがある。
――このままフューティ姉ちゃんと離れ離れになりたくない。
■
その日は聖堂の部屋に戻るとそのまま就寝。翌朝にはフューティ姉ちゃんはまた私より先に起き、また何かの準備にかかっているようだ。
きっとディストール王国の一団と話をするため、色々と材料を揃えているのだろう。なんだか、先行きが不安。
【……ミラリア。俺も不安になるが、今は理刀流の修練を優先しよう。この機会だって、フューティ様が与えてくれたものだ】
「……うん。分かってる」
それでも、眼前の目的を疎かにはできない。秘密の広場で三日目の修練。今日で剣術書に書かれていた理刀流はマスターできるはず。
斬り倒した大木を眼前に用意し、理刀流の技をテストする最後の準備はできた。私なりに考えた結果、今からやることが成功すれば問題なくマスターと言える。
「それじゃ、始める。揚力魔法陣、展開」
キンッ ――ブワンッ!
まずは大木を空中へと飛ばし、こちらは地上で居合の構えをとる。
あの大木こそが今回の修練最後の仮想敵。あれを無事に斬り伏せることができれば、ここに私の理刀流が完成する。
「まずは一つ目。この技は理刀流の中でも奥義の一つ……!」
こちらの頭上へ落ちてくる大木にも逃げず、左手で魔剣を鞘ごと握って大木へと構える。右手は柄の部分に添えて準備はできた。
失敗すれば大木に圧し潰される。だけど、ここで逃げたら頑張った意味がない。
――明鏡止水。揺らぎなき水面の如き心を持って、まずは一つ目の奥義を放つ。
「理刀流……反衝理閃!」
ガン――ズパァァアンッッ!!
鞘でギリギリ大木を受け止め、その衝撃を魔剣に伝搬。逆に刀身の加速に活かし、カウンターで居合を放つ。
これぞ理刀流奥義の一つ、反衝理閃。相手の攻撃をギリギリで見極める必要はあるものの、理刀流でも最強の一撃を持った技だ。
これにより大木は私の頭上ギリギリで真っ二つ。私に当たらず、横を落下していく。
【まだ終わりじゃないぞ! 次の奥義に入れ!】
「分かってる。理刀流……刃界理閃!」
だけど、まだ奥義は残ってる。ツギル兄ちゃんの声を聞く前にはもう準備できてた。
反衝理閃後の納刀も完璧。今度は魔剣に衝撃の魔力を宿し、宙に残る大木へ再度抜刀する。
シュパパパァァアンッ!
こちらの奥義は刃界理閃。魔力の刃を周囲に展開し、大木もろとも空間を斬り刻む。
一撃の威力は反衝理閃に劣るし、魔法効果を付与する必要もある。だけど、周囲一帯を攻撃できるのは大きい。
バラバラと零れ落ちる大木の中、納刀してフィニッシュ。居合後の隙もかなり軽減できてきた。
「これなら大丈夫。また一段と強くなれた」
【ああ、見事だ。今のお前の姿を見れば、スペリアス様だって納得するだろうな】
これにて、私が定めた基準による修練は完了。無事に理刀流を自分のものにできた。
確かに私は強くなった。スペリアス様の修行に理刀流が合わされば、そう簡単に負けない自信がある。
でも、驕っちゃいけない。世界はまだまだ広いから、何があるかも分からない。
ペイパー警部の話にも『ロードレオ海賊団』や『魔王軍』なんて驚異の話が出てた。その力は私でもまだ想像できない。
――ただ、目下の脅威は別にある。
「……ねえ、ツギル兄ちゃん。私、一つだけ考えた。悪いことだけど、やりたいことがある」
【『悪いこと』……ね。まずは話してみろ。悪いかどうかも内容次第だ】
その脅威から逃れるため、私なりに考えたことがある。悪いことだって分かってても、これが一番いい方法な気がする。
――フューティ姉ちゃんを助けるためには、この方法以外に考えられない。
「フューティ姉ちゃんを誘拐する。……ディストール王国の手から遠ざける」
随分と大胆なことを思いついたもんだ。




