その聖女、同行を求める
聖女フューティはミラリア達との旅を望む。
「おこがましい話ですが、私にとってミラリアちゃんは妹のような存在です。……短い期間の出会いですが、思わずそう感じてしまいます」
「フューティ様……も? 私もフューティ様のこと、お姉ちゃんみたいに思ってる。別れるのは辛い」
「あらあら、それは光栄ですね。……それでも、ミラリアちゃんにはしっかりとした目的がありますからね」
どこか寂し気にフューティ様が語るのは、同じような別れの時への名残惜しさ。この人に『妹』って言ってもらえると、胸の奥底があったかくなってくる。
これってきっと、スペリアス様やツギル兄ちゃんといった家族と過ごしてた時と同じなんだと思う。遠く離れてても、どこかで求めてしまう。
――そんな気持ちに気付くと、私も別れるのが嫌になってくる。でも、それは私のワガママだ。
「辛いけど……フューティ様の言う通り。私の旅には目的がある。いつまでもここにはいられない」
「ええ……残念ながら。ただ、私も少し考えがありまして。よろしければで構いませんので、聞いてはいただけませんか?」
「考え? 何?」
サンドイッチを手に取りながらも、暗い空気で食べるのを止めてしまう。私だって別れたくないけど、旅にだって出ないといけない。
そんな片方しか選べない中で、フューティ様は何か考えがあるらしい。どういうことだろう?
「私を……ミラリアちゃんの旅にご一緒させてはくれませんか?」
「ふえ? フュ、フューティ様を?」
その考えを聞いて、私も思わず目が丸くなる。自分では見えないけど、多分丸くなってる。驚いてるのは確実。
フューティ様が一緒に旅してくれるの? 確かにそれは嬉しい。『ありがたい』よりも素直に『嬉しい』
だけど、それはちょっと無茶な気がする。
【お、お言葉は分かるのですが、フューティ様はエステナ教団の聖女です。エスターシャ神聖国にとっても大事な人でしょう? それなのに、こちらの旅に一緒だなんて……】
「抜け出すのは難しいでしょうね。ですが、この近くにある川は外海へと繋がっています。そこからならば、こっそり抜け出すことができるでしょう」
【い、いえ……そういう問題では……】
これにはフューティ様にデレデレしてるツギル兄ちゃんも流石の反論。私達と違い、フューティ様には立場がある。それぐらいのことは私でも分かる。
ディストール王国の王族にしてもそうだし、国の偉い人が私達の旅に同行するのはやっぱり問題。こっそり抜け出す手段はあるみたいだけど、それとこれとは別問題。
「実のところ、私はずっとミラリアちゃんのことで後悔があったのです。レパス王子とも一緒に社へ向かってエデン文明を調べた日、私は事前のレパス王子に怪しさを感じていました。もしもあの時に止められていれば、ミラリアちゃんやツギルさんが辛い思いをすることもありませんでした……」
「フューティ様……」
「これは私のワガママではあります。ですが、あの時のような後悔をしたくありません。仮にも聖女と呼ばれる私の力があれば、旅の道中でお役に立てるでしょう。エステナ教団にもどうにか話を通すので、どうかご一緒させてくれませんか?」
こっちも断りたいけど、フューティ様の押しが強くて言い出せない。かつてお社の地下であった出来事を後悔してるのも、悲しげな表情から感じ取れる。
ここまで慕われると断るのが申し訳なくなってくる。もう裏があるとか勘繰ったりするレベルを通り越してる。
――この人は本当に私のことを心配してくれてる。レパス王子とは違い、そう信じずにはいられない。
「ツ、ツギル兄ちゃん?」
【お、俺に振るなよ。こっちだってどうすればいいか分からない】
「お二方にとって不都合ならば、私も素直に諦めます。答えは今でなくても構いません。よろしければ出発となる二日後、改めて聞かせていただけませんか? その間に私の方でも教団と掛け合ってみます」
とはいえ、率直に答えを出すことはできない。安易に決めてしまうのが怖い。思わずツギル兄ちゃんに顔を向けるも、こっちはこっちでしどろもどろ。
フューティ様もそんな私達の様子を見て配慮してくれたのか、返答する時間をくれた。それはそれで申し訳ない気もするけど。
「……それじゃあ、私から一つお願いしてもいい?」
「お願い……ですか? ええ、構いませんよ」
だから、私の中で一つ提案がある。もしも一緒に旅するならば、もっと仲良くしていきたい。
このお願いには、そんな願望がこもってる。
「フューティ様のこと……『フューティ姉ちゃん』って呼んでも……いい?」
「~~ッ!?」
これはこれで私のワガママも入ってる。でも、フューティ様のことはずっとこう呼んでみたかった。
ツギル兄ちゃんとはまた違うけど、フューティ様みたいなお姉ちゃんが欲しいという願望。優しくて心配してくれて、ずっと傍にいてほしい人。
そんな願いのこもったお願いをすると、フューティ様は突然よく聞こえない謎の声を上げる。もしかして、嫌だったのかな?
「ミラリアちゃん! 今の、もう一度お願いします!」
「え? え? 何を?」
「さっきの呼び方です! さあ! さあ!」
「えっと……フューティ姉ちゃん?」
「~~~ッッ!! いいですねぇ、その響き! たまりません!」
とりあえず、嫌ではなかったらしい。再度催促されたので口にすると、顔を手で隠しながら天を仰ぎ見るフューティ様。
またしても奇妙な声を上げてるし、恥ずかしがってるようにも見える。
――なんで? そんなに恥ずかしいなら、私に言わせなきゃいいのに。
「今はそれで構いません! 私もミラリアちゃんのお姉ちゃんとして、最善を尽くさせていただきます! ですので、もっとお姉ちゃん呼びしてください! いいですね!?」
「う、うん。分かった……フューティ姉ちゃん」
「ありがとうございます! 私、今からちょっと準備してきます!」
なんだか異様なテンションとなったフューティ様――もといフューティ姉ちゃんは、そのまま一人で洞窟から聖堂へ戻っていった。
戻って何をするんだろう? 旅に出られる準備?
何が何だかさっぱり分からない。でも、喜んでくれてる……ような気がする。
【あの人、意外と俗っぽいと言うか何と言うか……】
「ツギル兄ちゃんは分かるの? フューティ姉ちゃんが喜んでた……と思う理由?」
こっちはまだ修練したいけど、さっきのフューティ様がどうしても気になる。
ツギル兄ちゃんの話を聞くと、何か心当たりがあるらしい。微妙に心配だし、しっかり聞いておこう。
【多分……『萌えた』んだ】
「『燃えた』……? 火傷?」
【そうだけど、そうじゃない】
大丈夫か、この聖女?




