その種族、楽園と繋がる
楽園やエスカぺ村とも繋がる種族、イルフ人。
「イルフ人? 耳が長い人はそう呼ばれるの? 女神エステナ様も?」
「これに関しては、私も断片的な情報しか知りません。ただエステナ様の風貌や文献の情報から、楽園にはイルフ人という種族がいたと言われています」
フューティ様曰く、耳が長いのはイルフ人という種族の特徴だとか。村の巫女さんや鍛冶屋さんもイルフ人だったのかな?
私達以外の種族の人間もいるなんて、世界は本当に広い。
「私に分かるのはここまでです。イルフ人が楽園の原住民族なのかどうかも含め、詳しいことは分かりません。それに、これまでは目撃事例もなかったのですが……」
【俺とミラリアが住んでた村には、現にイルフ人の知り合いがいた……と。なんだか、ますますエスカぺ村と楽園の関りが浮き彫りになって来ましたね】
「エスカぺ村、やっぱり楽園のこと隠してた。もう怒らないけど、どうしてそんなことしてたんだろ?」
おそらくはエスカぺ村が楽園に関わっていたからこそ、巫女さんと鍛冶屋さんもそこで暮らしていたのだろう。
なんとも不思議な話だ。私が外の世界で夢見た楽園は、元々住んでた村の方が深く繋がっていた。今はもうその理由を知る手段もないし、そのことで責めるつもりもない。
――ただ私達に楽園を示したスペリアス様の言葉が、妙な信憑性を高めてくる。
「……今やるべきことは理刀流の腕を磨いて、この先に起こる旅の困難も乗り越えられるようにすること。エスカぺ村と楽園のことについては、スペリアス様と会った時に聞く」
【……そうだな。ミラリアも本当にしっかり者になったもんだ】
「フフッ、私も見ていて微笑ましいです。こちらの広場は自由に使って構いませんので、好きなだけ修練してください」
何はともあれ、今やるべきことは変わらない。もう余計な惑いで道を変えたりしない。
フューティ様の厚意に甘えさせてもらい、しばらくはここで修練を重ねよう。
■
「一……二……三……。だいぶ覚えてきた」
【まだ開始から一日だろ? それなのに理刀流の技は一通り覚えたのか。本当に剣術のセンスだけは飛びぬけてるな】
「『剣術だけ』とか言わないで。言い返せなくて悔しいから。それに、二刀流の技は無理」
【そりゃまあ、魔剣どころか刀も一本だけだからな】
そして翌日、私は早速朝から秘密の広場で修練に励んでいる。ここなら誰も来ないし、集中して修練できる。
変装の必要もないので、アホ毛もビンビンできる。やっぱり、これがないとバランスが悪い。
剣術書の内容を見ながら、一つ一つ技の動きを細部から再現。やっぱり、事前に深く練習できるのは大きい。
二刀流を除く技については一通り覚えることができた。剣技による魔法効果付与の技術も載ってたし、理刀流は私や魔剣と相性がいい。
元々使えてた居合についても理刀流の技だし、基本の型だけなら問題なく覚えられた。
「ミラリアちゃん。修練の方は順調ですか?」
「あっ、フューティ様。修練は順調。ところで、そのバケットは何?」
「お腹が空いてると思いまして、私の方でご飯を用意しました。一緒に食べませんか?」
「うん、食べる。ペコペコ」
そうやって修練に明け暮れていると、フューティ様が抜け道から顔を出して近づいてくる。ご飯まで用意してくれたようだ。
このあたりで休憩も必要。修練はただ長々と続けるのではなく、切り替えが大事。スペリアス様の修業でもそうだった。
あの時は『森の猛獣からひたすら逃げる』なんて無茶な訓練もあったけど。あれは怖かった。
「剣術書の技は一通り覚えられた。とても順調」
「もう覚えたなんて、ミラリアちゃんは優秀ですね」
「でも、完全にマスターしたとは言えない。後二日は修練が必要」
「二日……ですか。それが終われば、ミラリアちゃんは再び旅に出るのですね」
フューティ様とも事前に少し話をしたんだけど、私は修練が終わればエスターシャ神聖国を発つ予定だ。
ここで分かった情報として『楽園に住んでたイルフ人の存在』がある。だから、まずはイルフ人の足跡を追いたい。
エスターシャ神聖国にはいないし、どこにいるのかも分からない。でもエスカぺ村にいたんだから、きっとどこかにいると思う。
それが行く行くは楽園に繋がり、この旅の終着点へも導いてくれる。少ない手掛かりの中で、今はその可能性にかけるしかない。
「……ッ!? これ、この間のフルーツサンドとは違う。卵やお肉が入ってて、とろける美味しさ」
「フルーツサンドも含め、これらはサンドイッチと呼ばれる料理です。ミラリアちゃんにはせめてここにいる間、楽しい思い出を残してほしいですからね」
「ありがとう。私もフューティ様のことは信じる。……でも、後二日でエスターシャ神聖国を出るって決めた。そうしないと、また甘えてしまいそう」
近くの岩に腰かけながら、フューティ様が用意してくれたご飯を口にする。この場所は女神エステナの像に守られてることもあって、ご飯も落ち着いて堪能できる。
その時に話もするけど、今後の予定はしっかり決めておきたい。
ディストール王国にいた時、私は周囲の誘惑で時間も忘れてワガママばかり言ってた。その結果、エスカぺ村が滅んだと言ってもいい。
あの時の後悔が怖いから、旅が終わるまでは一ヶ所に長居したくない。誘惑に負けたくない。
「フューティ様とは一緒にいたい。でも、私には目的がある。だから……その……これまでのことでありがとう。短い間だけど、凄く感謝してる」
何より私にとって最大の誘惑はフューティ様の存在だ。ここまで私に気遣ってくれて、それこそ『お姉ちゃん』って呼びたくなる。
そんな人と別れるのは名残惜しい。本音を言えば、私はずっとフューティ様と一緒にいたい。
スペリアス様やツギル兄ちゃんのように、一緒に暮らして――
「……正直に言うと、私もミラリアちゃんと離れたくありません」
「ふえ? フューティ様……?」
目的のためにいずれ訪れる別れの時。




