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少女は魔剣と共に楽園を目指す  作者: コーヒー微糖派
少女が目指した楽園
502/503

{少女と家族の絵日記冒険譚}

「私、初めて見た。本当に下半身がお魚さん。あなた達が……人魚さん」

「我々も人間とこうして話すのは初めてですよ。でもまさか、イルカ達に導かれてこの入り江まで来るなんて……」


 世界のどこかにある静かな入り江。そこにはちょっとした逸話が眠っている。

 海のイルカに導かれれば、人魚が住む地へ赴くことができる。本来人魚以外は立ち入れないが、そこへ姿を見せるのは三人の家族。

 今も続くこの世界で、神秘を見つける旅人。絵日記冒険譚の作者に、その母と兄だ。


「に、人魚って綺麗だな……。イルフ人と違ってほとんど伝承はなかったが、会う価値はあったか」

「これこれ、卑しい目で見るでない。ワシも調べた話が事実ならば、人魚もイルフ人の系譜じゃったか。なんでも、かつて隷属を強いられておったとな?」

「ええ、そう伝えられています。もう大昔のことで知る人なんていませんが、森のイルフ人とは別で海へ住処を移したのが我々の祖先だと」

「外界とも大きく隔絶されたため、これまで他種族との交流もありませんでした。ですが、あなた方はイルカに導かれた人間。我々もただ追い返すのは無粋でしょう」


 旅する家族が出会ったのは、ミラリアもまだ会ったことのなかった未知の種族。ミラリアが触れたものでさえ片鱗に過ぎず、世界は真に広大であった。

 旅する家族三人が見つけるのは、楽園の過去さえかすれた歴史の破片。そうして出会うのは、希望の芽生える世界の可能性。

 エステナが巻き起こした激動は忘却の彼方になれど、エステナが創世した世界は神さえ予測できない進化を続ける。

 絵日記冒険譚が人世で称賛されるのは、そんな発見を思うがままに描くが故であった。


「あなた達の歴史に興味ある。だから、少しお話を聞かせてほしい」

「答えられる範囲でお答えしましょう。何を聞きたいのですか?」

「人魚って、何を食べるの? よかったら普段のご飯を教えて」

「ご、ご飯……? 変わった髪型といい、どこか人間とも人魚ともズレた子ですね……」


 そして率先して人魚と言葉を交わす少女こそ、絵日記冒険譚の筆者本人。

 母と兄に見守られながらも、思うがままに率直な問いかけを人魚へ投げる。スケッチブックを開きながら、たじろぐ人魚の言葉と共に筆を走らせる。

 まだ幼い少女なれど、この旅の中で家族と共に感じたことは大切な宝物。だからこそ、こうして絵日記冒険譚として記録したいと願った。


 ――母や兄とおそろいの銀髪から生えた二本のアホ毛も、ウキウキ弾んで楽しげだ。


「おお……意外。人魚さんもお魚食べるんだ」

「我々も下半身は魚ですが、海で生活してますからね。……もしかして、変ですか?」

「ううん、変じゃない。気に障ったのならごめんなさい。食べることは生きることで、ご飯は命の根源。……むしろ、話を聞いて理解した。人ってどこに住んでてどんな形をしてても、やっぱり人なんだなって」


 絵日記冒険譚は世界中の人々に娯楽を与えるだけではない。筆者である少女もまた、出会いを描いた記録に思いを馳せて世界を知れる。

 人魚から聞いた話を元にした文章も、人魚を描いたらしき絵もまだまだ未熟。世界を探せば、文章も絵もより優れた作家などいくらでもいる。

 だが、絵日記冒険譚はこの少女にしか作れない。完全には程遠いが、可能な限りの思いの丈がそこに記されている。未熟だからこそ、まだ進化の余地があることを読者も不思議と感じ取れる。


 ――それこそまるで、かつて世界を救った少女の生き様のように。


「お話してくれてありがとう。……あっ、これは先に聞いておくべきだったかも。私、あなた達人魚との出会いを他の人にも伝えたい。この絵日記を配ることになるけど……いいかな?」

「アハハ、構いませんよ。我々人魚も最近は世界の活気が気になり、新たな出会いを求めようかと考えてたところです」

「むしろ、あなたの絵日記が懸け橋になるかもしれませんね。よろしければ、人魚の世にも送ってくださりませんか?」

「それは名案じゃのう。……しかし、人魚の世は海じゃ。せっかく刷新した絵日記冒険譚もしけてしまうのう」

「だったら、ビニルの葉を加工して作ってもらいましょう。出版してくれる人達にも事情を説明すれば分かってくれますよ」


 新たな出会いの中で模索して、今日も世界は続いていく。絵日記冒険譚も未来を彩る。

 これが今の世界である。かつての大戦の記憶がかすれても、当時の教訓は今も根底を支える。




 ――ミラリアが愛した世界は、今も彼女の願いと共にある。




「人魚さんとの出会いは大変な収穫だった。次はどこへ行こうかな?」

「もう世界中はあらかた見回ったんじゃないか?」

「それなら、行った場所にもう一度立ち寄るのも一興。見落としてるものだってあるだろうし、世界は今も変化を続けてる。……世界って、本当に魅力でいっぱい」

「我が娘は実に好奇心旺盛じゃな。……そこで一つ、ワシからも提案といったところかのう。実はこれまでどうしても立ち入れなかった場所へ、ワシ達を招待する案内が届いたのじゃ」

「ふえ? それってもしかして、私も行ってみたかった……あの?」


 移り行く世界は筆者の関心を刺激し続ける。絵日記冒険譚が完結する日はまだまだずっと先の話。

 人魚との出会いを経ても、求めたい神秘が世界には眠っている。完全ではないからこそ彼女は求めたくなり、また彼女との出会いを求める者もいる。




 ――それはかつてこの世界を生きた『人間になった神様』を知る者との出会い。




「歴史の生き証人とも言える賢人――魔王様が会ってくれるそうじゃ」

「魔王様に会えるの……!?」

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