{待ち望む者達}
「ぬぬっ? 魔王フューティさん、またいつもの読書ですか? ここ最近は本当に飽きませんね……」
「いいじゃないですか。ここ数年で一番の楽しみなんです。あなただって好きでしょう、トトネさん」
かつてミラリアと同じ時代を生き、今も魔界で暮らしている者が二人。
一人はゼロラージャの後を継いで魔王となったフューティであり、当時と変わらぬ緑髪をした魔王の姿で玉座に佇む。
手に持つのは何かの書物。揚々と眺め読むフューティへ口を挟むのは、イルフ人のトトネだ。
トトネはその後、イルフ人の長老にも就任。しかし、ある時を境に引退して魔界へと身を寄せる。
その頃には成長して大人びた姿となり、今ではフューティとも遜色ない。しかし長命なイルフ人とて、本来の寿命では魔王と同じ時は生きられない。
長寿の理由は元魔王軍冥途将ユーメイトにあり。彼女もかすかながらに魔王の系譜にあったため、ゼロラージャ同様に転生することで寿命を延長。フューティと同じ時間を共に生きられるようになった。
今やこの世界で、ミラリアの時代を知るのはこの二人のみ。だからこそ肩を寄せ合い、共に孤独を紛らわせて今を生きていた。
――その姿はさながら姉妹のよう。共にミラリアを中心とした姉と妹は、憎まれ口を叩きながらも仲良く暮らしていた。
「闇瘴浄化という役目がなくなっても、フューティさんは魔王なのです。魔界という一国の主として、しっかりしてもらわないと困ります」
「わ、私だってやることはやってますよ? 魔界だってだいぶ繁栄してきましたし、少しぐらいは息抜きしてもいいじゃないですか?」
「油断して間違った知識なんて広めないでくださいよ? ……私を転生させてくれたユーメイトさんについても『メイドとは冥途の意味』なんて誤解をずっとさせてましたし」
「そ、それは先代魔王のゼロラージャさんが間違えたままで……」
「ハァ……まあ、いいでしょう。私もその書物の続きは読みたかったですし」
ミラリアの繋いだ世界では、魔王軍も人世との交流を続けている。闇瘴蔓延る枯れ地だった魔界にも少しずつ植物が栄えたのは、フューティの尽力もあってこそ。
多少の不満点はあっても、トトネも深く咎めはしない。それよりも気になるのは、フューティが手に取る書物の方だ。
「こちらの絵日記冒険譚は実に興味深いです。あれからもう何年過ぎ去ったか分かりませんが、世界にはまだまだ不思議が眠ってると実感できます」
「今や世界中でも人気ですからね。絵も文体もお世辞にも優れてるとは言いづらいですが……凄く一生懸命に書かれてるのが分かります」
「まさしく『生の冒険譚』とでも言いましょうか。時代や技術が進んでも引き寄せる魅力がありますね」
絵日記冒険譚に描かれているのは、まだまだ拙い子供が描いた風景に文章。下手であっても伝わる熱意が、世界中の人々を虜にしていた。
「おお! 絵日記冒険譚にパサラダのことが記されたぞ!」
「あの家族、パサラダまで行ったのか。聖地エスカぺから旅立って、ずいぶん遠くまで行ったものだ」
進化した物流は、世界中に絵日記冒険譚を普及させる。旅先の筆者が一冊完成させれば、刷新して世界へ配られていく。
その旅路はまさに世界中。ある人には故郷であったり、またある人にはまだ行ったことのない世界であった。
「ハハハ! タタラエッジのウドンがよっぽど気に入ったのか『また食べたい』なんて書いてくれてるぞ!」
「ポートファイブ名物のタツタ揚げとも合いそうだし、流通を強化するのもありね」
絵日記冒険譚が見せるのは、さらなる世界の可能性。
美味しいご飯や未知の人々が住む世界との出会い。
「キキー! オレたちゴブリン、絵日記冒険譚に『小さくても狩りを頑張って生きてる。見習いたい』って書かれテル!」
「フゴ! オークのことも『思ったより雑食。名物木の実パイが美味』なんて書いてくれてるフゴ!」
一言に『人々』としても、単純な人間に留まらない。
筆者が『人間』だと思ったら、魔物さえも人間。絵日記冒険譚は種族さえ超えて普及している。
「これを書いてるのって、聖地エスカぺに住んでた少女だっけか? なんでも、母や兄と一緒に旅してるとか」
「『この世界をじかに見て記録に残したい』ってことらしい。まだ幼いのに、なんとも健気な少女じゃないか」
「次の刊行はいつかしら?」
筆者は家族と共に実際に旅しているが故、実際に本人に会った者も多い。
筆者を筆頭に母と兄での三人旅。今も増え続ける絵日記冒険譚。待ち望む者は魔王フューティだけではない。
筆者との出会いがまた新しい世界へと繋がり、日記はどんどんと続いていく。それは単に世界を巡るだけでなく、人生そのものとも言える物語。
――今は知る者が少なくとも、絵日記冒険譚にはかつての彼女の姿も重なる。
「もしかすると、これを書いてる人こそが……」
「フューティさんや私も待ち望んでいた……ですか?」
「確たる証拠も何もありません。ですがこの絵日記冒険譚を見てると、そう信じたくもなります」
「そうですよね。……だから、彼女にお触れを出したと?」
「ええ。魔王だって一国の王様です。名のある旅人ならば、謁見も問題ありませんからね」
フューティとトトネがここまで長い時間を待っていた最大の理由。ただの理想に過ぎなかった輪廻転生の理。
会ったところで本人ではないことも理解している。されど、会わずにはいられない。
そのために二人は今まで生きてきた。エステナではない『いるかも分からない本物の神様』を信じて。
――かの少女の面影を求めて。




