{次なる世代へ}
時が過ぎ、世代も移り変わる。
◇=◇=◇
「ほれ、おぬし達。もっとしっかり歩むのじゃ。このままでは陽が暮れてしまうぞ?」
「か、母さん……少し休憩を……」
「お母さん、私も休憩したい。今日はかなり歩いた」
「むう……確かにのう。近くに宿もあるようじゃし、目的地への到着は明日にしようか」
ミラリアとツギルによるエステナとの決戦。世界を守る戦いからも、どれだけ長い歳月が過ぎたことか。
世代も移り変わり、ミラリアの知人もほとんどが天寿を全うした。そして、世界は新たな世代で今も歴史を続ける。
どこかの街道では家族三人が旅の歩みを進めており、困難もありながら賑やかな様子が伺える。
時が過ぎ去ろうと、世が平和であるからこそ見られる光景。魔物といった脅威はあれども、最早世界を揺るがす脅威とは言えない。
エステナがかき集めた闇瘴は、ミラリアとツギルの手で太陽へと葬られた。
今の世界を創り出した根幹であると同時に、未来を閉ざす闇。それらはもうこの世界に存在しない。
過去から楽園を通じて当時まで繋がった禍根は葬られた。二人のエステナによる戦いは、決して無駄ではなかった証とも言える。
かつての決戦が今の世界を創り出した。エステナの影響で転生し進化した世界は、また新たな道筋を辿っている。
――当時の足跡についても、また別の形で残り続けている。
■
「この銅像のお方がシード卿……か。カムアーチを始め、世界の流通を一代で進化させたとか」
「当時世界を震撼させた海賊をも従わせ、海運を発展させた貢献は大きい。今や歴史の教科書ではお馴染みの人さ」
橋上都市カムアーチは今も昔と変わらぬ繁栄を見せている。世界からさらなる技術と物資を取り入れ、時代の最先端を歩んでいる。
それを可能としたのは、ミラリアに恋した貴族――シード卿の活躍あってこそ。少しでもミラリアの死に報いようとした彼の姿勢は、カムアーチを筆頭に大きく社会を飛躍させた。
傍にはアキント卿を始めとした支えてくれる人物もいてくれた。同じ轍を踏まぬように計画を進め、世界の海運は大きく進化した。
「かつて世界には『箱舟』という空飛ぶ乗り物があったそうだ。今はもうない古代の技術だが、同じく空を飛ぶ理論は整いつつある」
「頑張ろう、兄さん。この『飛行機』が完成すれば、人類はさらなるステージへ到達できる」
「分かってる、弟よ。だが、焦りは禁物だ。かの教団でもそう言われているだろう? 急いては事を仕損じるのさ」
箱舟を始めとした一部の技術については、今の時代には継承されていない。あまりに大きすぎる力が再度楽園の悲劇を巻き起こす可能性を懸念してのことだ。
それでも、人類は新たな可能性を模索し続ける。それ自体は悪いことではなく、大切なのは『悩んで考えて自分達の力で辿り着く』ことにある。
かつてのエステナ教団が破滅の道を歩んだのは、楽園に頼って『階段を飛ばして進んだ』が故。失敗を認められなったが故の末路でもある。
今の時代に楽園の技術は乏しく、世界を揺るがすものなど残っていない。魔法という概念を根底に置きつつも人類は再び失敗と成功を重ね、自分達の足で先を探し求めなければならない。
――しかし、そうした『階段を上がり下がりして進む』ことこそが進化と言えよう。
「本日はスーサイドからよくぞお越しくださいました。ここはエスターシャ神聖国。かつて巻き起こった神との戦いとその際の教えを今に引き継ぐ、エステナ教団の本部になります」
「これはどうも、ご丁寧に。魔法学都と呼ばれるスーサイドは、現在のエステナ教団とも親交が深いですからね。学生達にもよい経験となるでしょう」
そんな進化の意志を今へ語り継ぐのは、新たに生まれ変わったエステナ教団。かつて世界の支配を目論んだ面影などなくなり、現在は世界屈指の教育機関という側面を持ち合わせている。
ここまでエステナ教団が変化したのは、ミラリアを崇拝すると同時に友であったシャニロッテの活躍あってのこと。エステナとの決戦が終結後、彼女はミラリア教団と共にエステナ教団を率先して変え続けた。
人に無理を強いることもなく、人が本当に見据えるべき未来に悩み、人々が共に歩める社会の創出。ミラリアと共に培った経験を活かし、晩年まで世界に安寧を求め続けた。
「エステナって、この世界を創った女神様なんですよね? でも教科書だと『世界を壊そうとした』とも書いてますが?」
「教団の文献によりますと『かつて女神は世界を憂い、全てのやり直しを考えた』と書かれています。はるか太古の歴史では『人々が強欲すぎた』とも。このエステナ教団にしてもその一つだったとか」
「それを今は反省し、やり直してるってことですか。歴史を紐解くのも面白いですね。……そんな怒った女神様へ挑んだ人がいて、その人が世界を救ったんですよね?」
「ええ、その通りです。彼女に関しては『人類の勇者』だったとも『神の善性』だったとも伝えられています。この辺りの歴史は特に興味深く、私もさらなる解明を進めたいものですよ」
ミラリア達はすでにこの世にいない。されど、歴史には記憶されている。
長い歴史が詳細に変化を加えることはあっても、根幹だけは変わらない。紡がれた意志は今も時代に指標を示し、繁栄の息吹を与え続ける。
――少女の意志は歴史と共に生き続ける。
「そういえば噂で聞きましたが、魔王様は当時の戦いにも一緒だったとか?」
「かなりの歳月が過ぎたとはいえ、聡明な魔王様ならありえる話でしょう。私も一度、謁見したいものです」
そして、今もまだかつての少女達を知る者は残っている。




