神々の決着は、人々の歩みにて
この宇宙にて、世界を決める勝敗も決まった。
「い、痛い……苦しい……!? でも、この苦痛さえも進化の礎に――」
「エステナ……それはできない。今のあなたの肉体は人間と同じ。そこまで斬られたら、どんな人間でも立ち上がれない」
【もう……終わりだ。世界を滅ぼして再編するなんて野望も、女神と呼ばれるお前自身も……】
手に持った二刀も手放し、床の上でうずくまるエステナ。必死に傷を押さえてどうにかしようとするものの、とても助かるような状況じゃない。
いくら苦痛で進化を続けても、自我がある以上はエステナも生命。命に係わる傷までは進化へ結び付けられない。
――私と同じ姿をして、同じ装置から生まれた生みの母とも言える人。その命もじきに終わる。
「な……なんで……? なんでワタシが負けたの……? アナタもワタシも……同じ創世装置から生まれたエステナなのに……? どうして……!?」
「……この戦いの結末は、別に私の方が明確に強かったからじゃない。ある意味……運が良かった。こっちだって、もう限界……ううぅ……」
エステナにはもう立ち上がる力さえ残ってない。極限状態での戦いで、致命傷まで受ければ当然だ。
それはこっちも同じこと。ツギル兄ちゃんとの合体を解除すれば、蓄積してた疲労が一気に押し寄せてくる。
フラフラと納刀した魔剣を支えに立つぐらいはできるけど、これ以上戦いが続けば確実に負けてた。本当にギリギリの勝利を掴んだのは、技も精神も含めた幸運としか言いようがない。
――もしかすると、運命が私を勝者に選んでくれたのかも。
「ハァ、ハァ……み、認めたくない……! だって、ワタシは神様なんだよ……!? 愚かな人間から学習して、無能な人間を超えて、芽生えた自我に究極の進化を――」
「……ねえ、エステナ。最後に一つ問わせてほしい。そして、正直に答えてほしい。……あなたが胸に抱いてる『あなた自身も目を背けてる気持ち』を」
「な、何を言ってるの……? 消えるワタシに……まだ屈辱を味合わせたいとでも……?」
力なく横たわるエステナの傍まで行き、こっちも膝をついて顔を合わせる。魔剣も一度床に置いて、エステナの上体を抱き上げる。
その姿を見てると、本当に『白いミラリア』にしか見えない。中身についても神様と呼ばれようと、私に近いものがある。
『痛み』を『苦しみ』も『悔しさ』も、確かに人間が手にする感情。私だって人として生きて実感してきた。
エステナはただ貪欲に『自分がなりたいもの』を目指してきた。今の姿こそがその全て。だからこそ、少し奇妙に思ってたことがある。
――これまでの戦いの中で私も気付けた。エステナは『口で言ってること』と『本心で思ってること』が別々にある。
「エステナ……あなたは本当は『神様になりたかった』んじゃないよね? もしかしてだけど……『人間になりたかった』んじゃないの?」
「ッ……!? ワタシは……人間に……なりたかった……?」
お互いに上体だけ起こした形で、目を見つめ合いながら正直な気持ちの吐露。耳にしたエステナはどこかキョトンとしてるけど、怒ったりはしてない。
怒る気力がないとかじゃない。むしろ、図星を突かれたって感じ。
この様子を見るに、エステナもかつての私と同じだったんだ。自分の本心をどこか自分自身でも否定してた。
――かつてディストールでワガママを言い、故郷へ帰ることを拒んだ私同様に。
「人間を嫌う気持ちも嘘じゃないと思う。でも、どこかで『人間に憧れてた』んだと思う。……私との関りがいい例。どれだけ対立しようと、あなたは私のことを求めてた。歩んできた進化の軌跡も、同じ姿を模すことも。その気になれば、人間とは違う形だってとれたんじゃないの? ドラゴンみたいにだってなれたんじゃないの?」
「そ、それは……人間が……アナタが目指すべき進化だと……思ったから……」
「そう。あなたは目指した。人間を忌み嫌いながら、人間という存在を。……別におかしなことじゃない。そういう矛盾した心と行動も、人間は抱いてしまうもの。私も経験がある」
「矛盾……理屈での理解が……できない……? 今のワタシも……同じ状態……?」
戦いが終わり、もう互いに刃を向ける気力も残ってない。だからなのか、私もエステナも思うままに言葉を紡げる。エステナも目を丸くしつつ、私の言葉を受け入れてくれる。
今のエステナの姿だけでなく、最終的な野望についても同じこと。エステナは『新人類で新しい世界を創る』ことが目的であり、結局『人間との関り』を取り除けてない。
否定することもなく、態度から肯定してることさえ垣間見える。
ようやくエステナの本心に触れられた。ようやく引っかかってた疑問への答えが見えてきた。
きっとエステナは人間から神様と呼ばれ、いっそ『本物の神様になるのも面白い』って思ったんだ。それが可能な力を持ち、それこそが自我を覚醒させる要因にもなった。
ある意味、大きすぎる力が生んだ不幸とも言える。同時に本心から背くような矛盾も生まれ、本当に人間みたいになった。
――いや『人間みたい』なんかじゃない。
「これは嘲笑でも侮辱でもない。私から送る敬意の言葉。……エステナ、あなたは人間。神様じゃなくて……私と同じ人間」
エステナはただ『人間になる方法』を模索していただけかもしれない。




