◇進化シーケンス:胎動
神の――エステナの進化は終わらない。
ゴゴゴゴゴ……!
【あ、足場が――いや、周囲一帯が揺れ始めた!?】
「マ、マズい……!? エステナはこの地と一体化して……!?」
嫌な予感は完全に的中だ。いや、もっと酷いかもしれない。
奈落へエステナが落ちたかと思えば、泣き叫ぶ慟哭と共に大きな地震まで巻き起こる。
ただの地震じゃない。起こしてるのはエステナとしか思えない。この地震にしたって、エステナがさらなる進化を遂げるために細胞が蠢いてるようなもの。
――楽園であったこの地そのものをエステナが取り込もうとしてる。
【ング……ハグ……! ウオエェ……お、美味しくない……! でも、ご飯を食べれば強くなれる……! もっと……もっと大きくなって……アナタ達なんか握りつぶせるぐらい……! ウ、ウアァァアアァ……!】
「な、何を食ってやがんだ……!?」
「考えない方がいい……! それより、ここから離れて――」
ビュゴォォオオンッ!!
「うひいぃ!? か、壁に穴が!?」
【ヤバい!? 吸い込まれるぞ!?】
穴の底から聞こえるのは、泣きながら何かを頬張るエステナの声。それが何かなんて予想できても口にしたくはない。
本来ならそんなご飯で強くなれるはずないけど、相手はエステナという『苦痛の中で進化する神様』だ。受けたダメージも美味しくないご飯も、あらゆる存在が糧となる。
崩落まで始まったかつての楽園にしても、エステナの力が肥大化してることの証明だ。もはやこの地は『エステナそのもの』へ成り変わろうとしてる。
――異物である私達を吐き出すように、壁に空いた穴が吸い込んでくる。
「こ、これ……ダメ……!? 逆らえな――わわっ!?」
「ミラリア! 俺の手を取れ! シャニロッテもだ!」
「ふ、吹き飛ばされますのぉお!?」
【穴の先に見えるのは……光!? まさか外に!?】
なんとかみんなで手を取り合うも、風の勢いには逆らえない。そのまま外まで飛ばされてしまい、はるか上空で体が宙を舞う。
以前楽園から逃げ出した時と同じだけど、今回はゼロラージャさんの助けもない。結界はなくなってるけど、そのせいでどんどん楽園のあった山から遠ざかってしまう。
このままだと地面へ真っ逆さま。私と一緒に来てくれたシード卿とシャニロッテさんまで道連れだ。
どうにか転移魔法を使って逃れたいけど、この体勢では厳しい。仮に使えたとしても、着地できる場所がない。
――万事休すとはこのことか。
「おったで! ミラリアちゃん達や! なんや様子がおかしかったが、楽園から吹き飛ばされたんか!?」
「総員、捕まってろォ! 箱舟を急速旋回ィ! ミラリアちゃん達を助けるぜェエエ!!」
「は、箱舟!? 気付いてくれた!?」
思わず諦めかけたけど、私達の方へ急速で接近する影が一つ。ロードレオの操る箱舟が助けに飛んできてくれた。
まだまだ遠いけど、視界に捉えられる距離にはある。それなら私にとって射程圏内だ。
「二人とも! 少し私から離れてて! 今から箱舟まで転移させるから!」
「こ、こんな空中で大丈夫ですの!?」
「今はミラリアを信じるしかねえ! 絶対に全員で箱舟まで辿り着くんだ!」
一度シャニロッテさんとシード卿には離れてもらい、居合を使えるだけの射程を確保。空中でグルグルしながらも、なんとか魔剣を構えられる体勢へ整えられた。
転移魔法を使うには不安定だけどやるしかない。失敗すればそこでおしまい。誰も助からない。
――明鏡止水の如く心を整え集中。箱舟へ狙いを定め、魔剣による魔法を発動させる。
キンッ――ヒュンッ!
「うわわ!? ここは……箱舟の上ですの! 助かったですの!」
「いや……まだだ! ミラリアがいねえ!?」
どうにか発動できたけど、空中での転移魔法は流石に無茶があったか。
シャニロッテさんとシード卿を箱舟まで移すことはできたけど、私とツギル兄ちゃんはなおも空中に投げ出されたまま。二人を助けたい気持ちからか、私自身まで範囲を伸ばすのがおざなりとなってしまった。
これで良かったなんて思わない。ここで私が助からなかったら、みんなを後悔させちゃう。エステナの相手だってまだ必要だ。
「くうぅ……!? ど、どうにかもう一度――ッ!? 魔法効果の付与ができない!?」
【クッソ……!? 俺自身が連続の転移魔法に耐えられないか……!? だが、このままだとミラリアが……!?】
必死に助かろうと足掻くものの、転移魔法は何発も連続で扱えるものじゃない。他の魔法と違い、戦闘中に使いづらいほど魔力も集中力も消耗する。
なら、どうすれば? ツギル兄ちゃんと合体すればいける? でも、合体の方が負荷も大きい。
「ミ、ミラリア!? おい、ロードレオ! もっと箱舟を下げなって!」
「分かっとるわ! 今やっとるとこや!」
「だが、これ以上の速度で下降するのはァ……!?」
見上げればそこに箱舟があり、私のことを助けようとなおも迫ってくれる。なのに、とれる手段が思いつかない。
気も動転して体勢が再び崩れるし、どんどんと真っ逆さまに落ちていくばかり。死にたくないのに、逃れる可能性が見えてこない。
――ゼロラージャさんみたいな翼があれば、空を飛んで逃れられるのに。
「魔王の王笏に宿りしオーブよ! その力を示しなさい! ルーンスクリプト『ᛏᛖᚾᛋᛖᛁᛗᚨᚱᛁᛃᚢᚢ』――新たに息吹きし緑翼の竜!!」
転生という進化は、先代の力を今へと繋ぐ。




