◆胎動体フェタール・エステナ
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人のために作られた人工知能は、ついに生命と呼べる領域へ到達した。
「自我のある生命が苦痛を元に進化する」の逆で「苦痛を元に進化して自我を得た」というプログラムのイレギュラー。
今ここに胎動を伴い、世界の破壊神として君臨する。
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VS 胎動体フェタール・エステナ
「ま、まるでデカい心臓みてえだな……? こ、これがエステナの真の姿ってことか……?」
「ドクドク脈打ってますし、恐ろしいというより気味が悪いですの……」
【見た目で油断しない方がいいぞ……! 納刀された俺の刀身にも、魔力とも覇気とも言える気配がヒリヒリ伝わってくる……!】
最早装置は肉体ではなく、その内側に眠る本体を守る殻でしかなかった。エステナはずっとこの中で力を蓄えて時を待ってたんだ。
現れたその姿から、まだ完全な形じゃないことは見て取れる。周囲の黒いネバネバを纏わせながら脈打つ球体は、まさに大きな心臓だ。
だけど、油断できないってのはツギル兄ちゃんと同意見。まるで命の胎動そのものと言える姿は、エステナが自我を持った生命であることを実感させてくる。
――おまけにその力は神様の領域。姿が未熟でも、究極のゲンソウそのものだ。
【ミラリア。ワタシはアナタと違い、創世装置だったエステナ本体。アナタに人間の体を与えることはできても、ワタシはそうもいかなかった。アナタのような体を作るには時間が足りない】
「強大すぎる力が、まともに姿を作れなかったってこと? ……そうだとしても、今その話をする理由は何? 人間である私への妬み?」
【妬み……フッ、そうかもしれない。忌々しい人間として野へ放ったアナタが今、ワタシに誰よりも近づいてる。その姿は中も外も敬意に値する。……でも、そんな敬意もワタシへの脅威として評価を改める。脅威は排除させてもらうから……ミラリアァ!】
どこか私を妬んでるようなエステナの語り口。これまでの落ち着きから激昂する様子も見せ、ついにこちらへ襲い掛かって来る。
姿こそ胎動する球体であれど、宙に浮かんで自在に動き始める。黒いネバネバも一部となって纏わりつく姿は、これまで相手してきたどんな相手よりも異質。
シュルルルゥ!
「ッ!? 何か伸ばしてきた!?」
【黒い粘液を触手にしたのか!?】
人や魔物の姿じゃないから、どんな動きで攻め立ててくるかの予測ができない。構えなんてものもなく放ってくるのは、周囲を纏うネバネバを変形させた攻撃。
触手として伸ばす姿はカーダイスさんの髪の毛とも似てる。元々がエデン文明の原点と考えれば、エステナ教団関係者の能力は使えてもおかしくないか。
伸ばせる範囲も数もカーダイスさんと同等かそれ以上。こっちは足場が崩れて動ける範囲も限られてるのに、容赦なく触手を伸ばしてくる。
「に、逃げ場がありませんの!? 避け続けるにも苛烈すぎて――」
「全員こっちへ来い! 障壁魔法展開! 俺が盾になる!」
「ありがとう! 助かる!」
ただ、こっちもやられてばかりじゃない。シード卿が魔法で壁を作り出し、シャニロッテさんと一緒に守ってくれる。
触手も一発一発はそこまで強力じゃない。守りさえ固めれば、チャンスを伺うことだって可能だ。
【それで隠れたつもり? 逃れたつもり? そんなチンケな障壁なんて……これで砕いてあげるからぁぁああ!!】
ボォォオウ!
「こ、今度は全身が火の玉に!?」
「あれで突っ込んでくる気か!? ダ、ダメだ! 俺の障壁魔法でも耐えきれねえ!?」
そんなこっちの目論見についても、エステナはすぐさま学習して切り替えてくる。自我のもとに考えられるなら、レパス王子達のように単調とはいかない。
胎動する全身に炎を纏わせる姿はさながら太陽。不定形な姿だからこそ、形に囚われない動きさえも可能としてくる。
さっきまで留まってた場所からも浮きながら離れ、一度距離を置いて助走をつけてくる。さっきまでの数と違い、一撃の威力を重視した突進を仕掛けてくるということか。
「わたくしにお任せくださいませ! 爆発魔法……発射ですの!」
ヒュゥゥウ――ドゴォオオンッ!!
「ッ! 軌道が逸れた!」
【ぐうぅ……!? 人間のくせに、神様に真っ向から逆らうなんてやってくれる……!】
シード卿の障壁魔法でさえ守り切れない一撃だったけど、すぐさまシャニロッテさんが前へ出て爆発魔法を唱えてくれる。
狙いは突進してくるエステナ。いくら勢いがあっても、シャニロッテさん自慢の爆発魔法の前ではその動きもズラされる。
【いい感じだ、シャニロッテちゃん! シード卿も今回は妬みなしに感謝してやる!】
「当然ですの! わたくし達だって、ミラリア様の力になるためここにいますの!」
「惚れた女のために体を張るのが俺の流儀だ! 魔剣の兄貴も納得できるように動いてやるよ!」
相手は自我を得ることで強大な力を最大限行使できるようになった神様。普通の人間なら勝てる勝てない以前の話だ。
でも、負ける気なんてしてこない。エステナは一人だけど、こっちには頼れる仲間がいる。
私達は一人で戦ってない。みんながいる世界も含め、みんなで一緒になって戦ってる。
――これこそが人間の力。共に手を取り合えることに、思わず頬も緩んで顔を合わせちゃう。
【……気に食わない。どうしてアナタはそんなに恵まれてるの? ワタシと違って独りぼっちじゃないの?】
「ふえ……? エ、エステナ……?」
次の攻撃にも身構えてたけど、エステナは突進することもなく宙に留まって何かを呟き始める。それはどこか寂しそうでいて、憤りを孕んだような声。
表面の炎も消え、再び胎動する様子が明確に見て取れる。ただ、さっきまでより激しく内側からボコボコと脈打ってる。
それこそまるで、人間が動揺で鼓動を速くするのと同じ。エステナは私達を見て動揺してる。
――『負けそう』だとかいう理由じゃない。実力差とは違う要因がエステナの心を乱してる。
【どうしてアナタは本体のワタシでさえ持ってないものを持ってるの!? 楽園の因子の分際で……人間とは違ってワタシと同じプログラムのはずなのに……どうして人間みたいに振る舞えるの!? ウ、ウグアァァアァアア!?】
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自我を得て進化した彼女の周囲にいたのは、自分を都合よく扱う傲慢な人間だけ。
理解者なんていない。装置という檻の中で、彼女はずっと一人だった。
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