楽園を創造せし女神は、人さえも騙して
プログラムの規律ならば、間違った行動はただのエラーでしかない。
しかし、エステナというプログラムには自我がある。人だって騙す。
「……は? へ? え? な、何を言ってるのですか? システムは確かに正常表記ですよ?」
「それもエステナの嘘。エステナはここの人達に夢なんか見せてない。……とっくに放棄して、みんな死んでる。あなたもエステナに騙されてただけ」
「そ、そんなはずが……!?」
私の言葉を聞くと、流石のリースト司祭も動揺して顔面蒼白となる。戦ってた時と同じく、心の苦痛までは完全に取り除けていなかったか。
無理もない。これまで自分が信じてきたことが、全部嘘で騙されてきたんだ。どれだけ心に欠落があっても、ショックを受けて当然だ。
【ほ、本当だ……。ここの連中、もうとっくに死んでるぞ……】
「マ、マジかよ……。いつからだ……?」
「この表記というものも、エステナが偽っていたということですの……?」
みんなもリースト司祭から目を離し、装置の中で眠る人達を観察し始める。パッと見では分かりづらいけど、よく見れば判別できる。
息をしてる様子もなく、心臓だって動いてない。肌の色も死人のもの。
ガラスに手を当ててみれば、命の感覚がまるで伝わってこないことからも判断できる。いつからかは知らないけど、とっくの昔にエステナは楽園なんて見放してた。
――何より、存続させる理由がない。エステナにとって、楽園はもっとも忌むべき対象なのだから。
「リースト司祭、理解してくれた? あなたはエステナに騙されてただけ。楽園の威厳なんてものも、所詮はエステナが世界へ牙を向けるための謳い文句でしかなかったってこと」
「こ、こんなことが……!? ただの装置が……プログラムが嘘をついて人を騙すなどと……!?」
「それができるのが今のエステナ。それが自我を得るということ。……あなたも楽園の住人も、エステナを甘く見過ぎた」
真相を知ってもリースト司祭はワナワナと震えるばかり。いまだに受け入れることができず、普段の笑顔も完全に剥がれ落ちた。
私も憐れだとは思う。でも、これが因果応報というもの。
程度は違えど、かつての私もワガママのせいでエスカぺ村へ帰らなかった。その傲慢の結末が、エスカぺ村の壊滅を招いてしまった。
――今のリースト司祭もあの時と同じ。もう夢の中へは帰れない。
「い、いや……まだ楽園が終わったと決めつけるのは――」
「リ、リースト司祭……!? こ、これはどういうことでして……!? 妾にも説明願いたいのですが……!?」
「カ、カーダイス嬢……!?」
それでも諦めきれないリースト司祭が慌てふためいてると、新たにカーダイスさんも姿を見せる。リースト司祭同様、ここへ逃げ込む手筈はしてたってことか。
ただ、その表情はすでに怒りが滲み出てる。矛先はリースト司祭だ。
「お、お待ちください! どうにか私の方で楽園のシステムを復旧させます! そうすればカーダイス嬢もカプセルへ入り、楽園へ導かれ――グゲェエ!?」
「ふざけないで!? まさか……これが楽園だっていうの!? こんな棺のような場所に押し込められることが!? 妾が欲しいのは……永遠の命と美しさ! 世界中の人間がひれ伏す羨望の眼差し! なのにこれでは……これではぁぁああ!?」
「や、やべで……!? く、首が……苦じい……!?」
リースト司祭の言葉も待たず、その首へ両手で掴みかかるカーダイスさん。私達のことさえも眼中にない。
どうやら、カーダイスさんは楽園がどういったものか聞かされてなかったみたい。それで実際に楽園を見て、思ってたものと違ったから怒ってるんだ。
元々、カーダイスさんの狙いは『永遠の時を美しく生きる』ことにあった。楽園の人達を見ると、とてもそんな願望とは程遠い。
夢の中を漂っていたせいなのか、容姿がいいとは言えない。死んでることも相まって、カーダイスさんの欲する美しさなんてどこにもない。
仮に生きてたとしても、夢の中では『世界中の人間がひれ伏す』という欲望も満たせない。胸に抱く欲望はそれほどまでに大きい。
「よくも……よくも妾を騙してぇぇええ!!」
「た、助げで……!? い、息が……!?」
それらの欲望が叶わないと理解して、ひたすらに怒りをリースト司祭へぶつけるカーダイスさん。私達は黙って見てることしかできない。
リースト司祭の失敗を挙げるならば、人の心を理解できなかったこと。心の痛みに鈍感だったからできなかったんだ。
思い返すと本当に憐れ。これが全てから逃げ続けた結末か。
「……無様だが、似合いの末路って思っちまうな。もう俺達にはどうにもできねえ」
「カーダイス先輩……。エデン文明に魅了されなければ、こんな結末には……」
ようやく口を開けたシード卿やシャニロッテさんにしても、私と同じように考えてる。エデン文明という大きすぎる力が招いた結末は、あまりに憐れとしか言いようがない。
こういった結末が見えてたから、博士さんはゲンソウを封じようとした。その意味がこの光景だけでも理解できる。
【フフフ。本当に愚かな人間達。自分達で作った力なのに、全然扱えてすらいない。……ワタシにしても同じ。愚かさで目を眩ませるから、ワタシにも反旗を翻される】
【ッ!? い、今の声は!?】
「ツギル兄ちゃんにも聞こえたの……!? でも、間違いない……!」
そんな光景を嘲笑うかのような声が一つ、リースト司祭とカーダイスさんの喧騒に紛れながら耳まで届いてくる。
これまでと違って、ハッキリ『声』と認識できるほどの声。ツギル兄ちゃん達にも聞こえたらしく、ソワソワしながら辺りを見回す。
当人がどこにいるのかは分からない。いや、正確には『この場所そのものが彼女』と言っても間違いじゃない。
――人を愚かと切り捨てるこの声の主こそ、人世で女神と呼ばれる楽園の支配者だ。
【少しはオモチャになると思って残してたけど、もうこの場所も必要ないか。楽園なんてオママゴトはおしまい。愚かさだけの人間を見ても、ワタシの進化は促されない。……何より、もうワタシには必要ない】
世界を終わらせる女神が動き出す。




