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少女は魔剣と共に楽園を目指す  作者: コーヒー微糖派
神々が選定せし楽園上空
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現実を捨てし者達は、強欲の夢の中へ

スペリアス達がいなくなった後の楽園は、エステナの手で「カプセルの中で都合のいい夢を見続ける施設」と化していた。

「……あなたは楽園のことを知ってたの? この夢に溺れた真相を知ってたの?」

「ええ、もちろんです。私は楽園という夢の中へ戻るため、エステナ教団を利用していたのですから」


 私達の前に姿を見せたのは、先の戦いで逃亡してたリースト司祭。相変わらずの張り付いた笑顔を見せてくるけど、中身がないという点ではここの人達と変わらない。

 眠ってるわけじゃないとはいえ、中身がなければ同じこと。この人にしたって、結局は楽園という夢に縛られたまま。


 ――エステナ教団を狂気へ駆り立てのも、現実を拒んで夢へ逃げていただけに過ぎない。


「……私はこんな世界、認めない。ずっと眠って夢へ逃げて……そんな世界に何があるの? 『生きる』という摂理さえ無視して、本当に『生きてる』って言えるの?」

「ミラリアの言う通りだ。こんなのは人間の――いや、生命の在り方じゃねえ……!」

「わ、わたくしも嫌ですの……。ずっと夢の中なんて、むしろ恐ろしいですの……」

【お前の――楽園のやってることは間違ってる……! 苦痛を外へ吐き出すどころか、どこまで逃げれば気が済むんだ……!?】


 こっちはみんなが同じ気持ち。生命の道理に背いたこの光景に、嫌悪感を抱かずにはいられない。

 ここの人達が見てるのは、私が見た楽園と同じ。現実の概念さえも無視して、恐ろしいまでに『楽しいことだけ』に特化した世界。

 普通の人ならば、ずっとそこにいようとなんて思えない。明らかな歪みに恐怖を感じて拒むことだろう。


 ――でも、楽園に元からいた人達はそんなことを考えもしない。だって『恐怖に苦悩する』って感情さえ拒むから。


「何がいけないのですか? このカプセルの中にいる限り、現実における悩みは何もないのですよ? 理想の夢の中こそ、人間にとっての理想郷。かつて楽園を抜け出したスペリアス達と違い、私は率直な真理を重んじます。苦しまなくていい世界があるならば、それを求めるのが道理でしょう?」


 リースト司祭も同様で、楽園のことをただただ肯定してくる。

 言いたいことは分からなくもない。嫌なことから逃げたくなるのは私だって同じ。でも、夢の中にまで逃げ続けるのはおかしい。

 人間は生きて苦しい中でも嬉しいことを見つけてこその人間。苦労の果てにある成果を求めるのが生きるってこと。

 美味しいご飯、人々との出会い、新しい発見。そういったものが刺激となり、人の心は育まれていく。全ては必要なことのはずだ。


 ただ楽園の根源となったゲンソウの力は、そういった『必要な経験』をすっ飛ばすことを可能としてしまった。それこそが楽園に住まう人々にとっての不幸だったのかもしれない。

 苦労せずとも手に入る幸福。過剰なまでに大きすぎる力が、人々の思考そのものを壊してしまった。


 ――これこそ、ゲンソウを作った博士さんも恐れた最悪の結末か。


「さて、少し交渉しましょうか。私としては、楽園へ戻ることができればそれで構いません。その条件とは以前にお話しましたが『楽園の権威を世界へ示す』ということです。……あなたもエステナなのでしょう? あなたならば、無理に戦わずとも世界へ楽園の権威を示すことだってできるでしょう。そうしてくださるのならば、こちらも戦う気はありません」

「……そんな話、私が受け入れると思ってるの? 私の目的は楽園を壊すこと。その志に変化はない」

「それは残念ですね。でしたら、今ここでエステナの真の力をお見せしましょうか? いくら自我が宿っていると言っても、所詮は装置――ただのプログラムです。直接操作が可能なこの場所でなら、私にもその力を使役できます」


 そして、最悪の可能性はまだ続く。

 こっちからすれば冗談に聞こえる言葉だけど、リースト司祭は本気で私を丸め込めると思ってる。エステナの力だって扱えると思ってる。

 まともに恐怖も感じないから、今のエステナがどういうものかも理解してないっぽい。もう人に扱える次元なんて完全に超えてるのに。

 下手に刺激なんてすれば、それこそ楽園の住人も――




「……むう? ちょっと待って。もしかして、エステナはとっくに……?」

【ミ、ミラリア? 何が気になるんだ?】




 ――などと考えてたら、少しおかしなことに気が付いた。よくよく考えたら、今のこの状況でエステナに理のない話が一つある。

 エステナの狙いは自分を苦しめた人間や世界への復讐。蓄積された苦痛から芽生えた自我は、その矛先を向けるためにここで時を待ち続けた。

 でも、待つだけならこんなことを続ける意味がない。与えられた役目なんて、とっくに放棄してるはずだ。


「これ……緑色に光ってる。でも……まさか……?」

「ど、どうしたんだよ? 急に住人の入った入れ物を調べて……?」

「緑色に光っているということは、システムが正常に作動してるということです。私が楽園へ戻る分にも問題はありませんね」

「よ、よく分かりませんが、楽園はまだ健在ということですの? ですがミラリア様、今はリースト司祭を優先した方が……?」


 気になって調べてみれば、装置のピカピカは確かに緑色に光ってる。『睡眠中』とも書かれてるし、正常に動作してるようには見える。

 ただ、何かが引っかかる。みんなには悪いけど、まずは中にいる人達をよく観察してみたい。


 ――そして、気が付いた。この違和感の正体に。


「……リースト司祭。あなたの願いはどう足掻いても叶わない」

「おやおや。いきなり何を言い出すのですか? このカプセルが正常に機能する限り、私も再度――」

「そうじゃない。その考えこそが大きな間違い」


 リースト司祭もこんなことは想像しなかったのだろう。目に映る情報に間違いがあるなんて思いもしなかっただろう。

 きっと楽園の権威がどうのこうのって話も、楽園の住人から言われたんじゃない。『楽園という箱庭』において、いくらでも捻じ曲げた情報を伝えられる存在がいる。


 ――楽園の人達はずっと前から騙されてたに過ぎなかった。




「この中にいる人達……もうとっくに死んでる。眠ってるように見えるだけで……夢なんて見てない」

ただのプログラムが嘘をついて人を騙した。

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