{神が覚醒する時}
最後の時は近づく。
◇ ◇ ◇
「リースト司祭! ようやく見つけましてよ! 今回の件はどういうことですか!? エステナ教団がここまで追い詰められるなど、妾は聞いておりませんことでしてよ!?」
「……これはこれはカーダイス嬢。私も少々計算違いがありましてね。ですが、万一のために知らせたこの地へ赴いてくれたことには感謝します」
楽園へ抗う意志がまとまりつつある頃、目指すべき楽園でも動きが見られる。
ミラリアも一度は通った洞窟に姿を見せるのは、エステナ教団のカーダイスにリースト。もしもの事態に備えた転移魔法は、この地へ逃げるために用意されたものであった。
壊滅寸前だったエステナ教団を見捨ててこの地へ辿り着くも、カーダイスは不満を口にせずにはいられない。
「あのミラリアとかいう小娘は何ですか!? あいつさえいなければ、世界は妾達が手にしていたものを……!」
「そう怒らないでください。無駄に気を乱す必要などありません。……こうなった以上、私も最後の手段を使います。相手がエステナならば、こちらもエステナをぶつけるまで。彼女達の狙いもこの地のようですからね」
それでも、リーストの淡々とした語り口は変わらない。一時はミラリアの正体を知ることで動揺するも、再び落ち着いて対処できる理由がこの地にはある。
楽園を創生するほどの力を持ち、世に神と呼ばれる究極の装置――エステナ。それさえあれば、相手が同じエステナであるミラリアにも対抗できると判断しての策略。
楽園の強欲に溺れた意志は、エステナを再び道具として扱おうとしていた。
「妾としては、この現状を打破できるなら何でも構いません……! 後、レパス王子は何処へ?」
「どうやら、先にこの地でエステナを目指しておられるようで。レパス王子がエステナを使いこなせるならばそれで構いません。それでシステムが正常化できれば幸いですし、カーダイス嬢も楽園へお招きしましょう」
「……? 妾にはエステナが何者か分かりませぬが、いずれにせよ再度繁栄の一手を打てるならそれでいいです。今度こそミラリアという小娘を打ち倒し、妾は永遠の時で永遠の美を……!」
入り混じった思惑は、本来の到達点などとっくに見失っている。ただ求めるのは、眼前にあるエステナという逆転の力のみ。
その力へいち早く手を伸ばしたのはレパス王子。ミラリア達が挑むより前、すでに破滅の狂気は先へ進んでいた。
■
「アハ! アハハヒャ! 素晴らしい! これが女神エステナ――楽園の根源そのものか!」
楽園がある地の中枢で、レパスは両手を広げて笑いながら眼前に佇むものへ思いを馳せる。
脈打つ黒い粘膜で覆われてこそいるが、これこそが創世装置エステナそのもの。追い込まれたエステナ教団にとって、起死回生となるはずの切り札であった。
「こいつの力があれば、フューティのような偽物など必要ない……! 全て僕のものとすれば、ミラリアだろうが誰だろうが支配して、僕こそが神となって……アヒャヒャヒャァア!」
最早その眼光に正気はなく、焦点の合わない瞳でエステナへと手を当て笑うレパス。エステナが本来どういったものであるかも関係なく、その力だけを求め続ける。
レパスには世界さえもどうでもよく、世界征服という野望さえもどこ吹く風か。何のために力を求めるのかさえ見失い、本当にただ求めるのみ。
――それでもエステナとの一体化を図り、自らを新たな世界の神へ成り変わらせようと画策する。
#……馬鹿な人間。楽園の人達もだけど、今のワタシを従えられるはずないじゃん。まあ、いっか。こっちの準備は整ってるし#
しかし、エステナとて無策ではない。長き苦痛の時で芽生えた自我は、自らの望みを叶えるために画策を続けていた。
世界を創生することさえ可能とする力を持ち、まさしく神と呼べる存在となったエステナ。今のレパスに理解できるはずもなく、策略面でもエステナが上回っていた。
#分身体――セアレド・エゴも帰還した。本当はミラリアも取り込みたかったけど、進化へ繋がる学習としては十分。……ちょっとこの人間とも遊んでみよっか。ワタシが完全に覚醒する前の余興にもなる#
解き放たれたセアレド・エゴもエステナ本体へ取り込まれ、進化はさらなる境地へ至っていた。もう強欲に溺れた人間では、エステナを止めることなどできない。
かつて楽園を生み出した装置は最早誰にも従わない。苦痛によって芽生えた自我は、自らの心理に従い動き始める。
――ゼロから芽生えた自我。進化へ至った神。そんなエステナからすれば、レパスなどただの玩具に過ぎない。
【さあ……ミラリア。ワタシのもとへ辿り着いてみて。アナタだって理解できるはず。だって、アナタもワタシもエステナなのだから……!】
太古より続く歪んだ摂理。その果てに生まれた進化。それぞれが抱く想い。
人と神の最後の戦いが、いよいよ始まろうとする。
◇ ◇ ◇
次話から最終章になります。
よろしければ最後までお付き合いください。




