{決戦前夜に集う時}
三人称幕間。
物語も最終局面へ。
◇ ◇ ◇
「――成程。楽園へ向かう決戦の時も、急がねばならんということか」
「せやな。今夜のうちにでも、誰が箱舟に乗り込むか決めとく必要はある」
夜の砦で行われるのは、世界の命運をかけた会合。世界各地の主要人物達が肩を寄せ合い、楽園へ乗り込む手はずを整えていた。
アキント卿もレオパルの言葉に耳を傾け、神妙に目を配らせる。ミラリアと共に箱舟へ乗り込む人間を誰にするのかを真剣に考える。
「ロードレオの主要メンバーは乗せる必要があるからな。箱舟の操縦できひんし。そない考えたら……追加で四人ぐらいか」
「フュー、ヘルシー。あまり多くはないな。パサラダは食料の提供が主となるから、人員を割くのは得策ではないか」
「タタラエッジも同様だべ。武器の支援はできても、少ない枠に追加するのは考えどころだべ」
「それはそれで構わん。この戦いにおいて、誰の無駄も存在しない。皆が皆の役目を全うすることに意味がある。支援だけでも大助かりだ」
箱舟とて無限ではない。乗れる人間に限りがある以上、誰を乗せるかは悩みどころだ。
事情を理解しあった上で進められる話し合い。それぞれの考えも汲み取り、意見が交えられていく。
「なあ、オレッチの娘を――ランを加えちゃくれないか? あいつ、ミラリアちゃんとは仲がいいからさ。狙撃の腕前だってあるし、役に立つはずだ」
「儂からもシャニロッテ君を推薦したい。この決戦において、重要なのはミラリア君との絆と言えよう。互いが深く信用できる人材を選ぶべきじゃな」
「ニャハハ、そらもっともや。ウチもカワイ子ちゃんと一緒の方がええな」
「この女海賊……まだそんなことを言うか。ならば、吾輩もシード卿を推薦しよう。あやつがおれば、貴様も迂闊な手出しはできまい」
「ほんの冗談のつもりやったんやが……まあ、ええわ。ミラリアちゃんとの関係を考えれば、妥当な人選やろ」
敵は楽園に鎮座する世界の神であり、その規模はあまりに強大すぎる。となれば、下手に戦力重視の人選だと意味を成さない。
重要視されるのは、中心となるミラリアとの絆。各々の考えを口にして、少しずつまとまりを見せていく。
余計に話がこじれることもない。ミラリアという一人の少女が繋いでくれた機会のため、確かな形でメンバーが選ばれていく。
「ふむ……私としても、トトネを同伴させたい気持ちはある。だがイルフ人一人だけというのは、長老の立場としてどうしても不安が残るな……」
「それもまた仕方のない話だ。むしろ、此度の戦いで吾輩達と共に貢献してくれただけでも十分すぎる。慣れない人世に無理に同伴せずとも、気持ちだけでありがたい話だ」
「じゃが、それなら最後の一人はどうするかのう? 儂のような老体がいても、航行に支障が出そうじゃし……」
「……ウチとしても、コルタ学長がずっと一緒は勘弁やで。あんさん、箱舟でさり気なく船酔いしてはったやろ?」
「余計なことを言うでない、レオパル君。また秘密をバラされたいのかのう?」
「そないして脅すから嫌やねん……」
ただ、最後の一人という段階で中々決まらない。それぞれの事情がある以上、希望があっても無理強いはできない。
各地の代表である人間が乗り込むにはリスクも大きい。イルフ人といった種族の難しさも考慮して話し合えど、これといった人選もできずに少々難色が見え始める。
「それなら、私に行かせていただきませんか? 新たな力も馴染んできましたし、ミラリアちゃんのためにも同伴したいです」
「あ、あなたは……新たな魔王……!」
「元聖女のフューティ様……!」
そんな滞り始めた場に姿を見せたのは、魔王として転生したかつての聖女フューティ。場に集まった者達も事情は理解しており、無理をさせまいとあえて招集を見送っていた。
だが、フューティの表情は真剣そのもの。かつてゼロラージャが手にしていたものと同類である王笏を手に取り、魔王として着実に力をものとしていることも伺える。
だからこそ、フューティは自らの意志で志願した。自らを蘇らせてくれた少女の力となるためにも。妹として愛する少女のためにも。
――立場よりも願いが上回っていることは、誰の目にも明らかであった。
「あっ、魔王軍のユーメイトさんには事情を話して了承は得ています。先代魔王もこの場にいれば、同じように考えたことでしょう」
「ニャハハハ。そらまあ、あのオッサンはミラリアちゃんに入れ込んどったからな。……ほんなら、最後の一人も決まりや」
「ああ。吾輩も文句はない。他の者達も――と、聞くまでもないか」
これにて、箱舟で楽園へ乗り込むメンバーも決まった。
ロードレオ海賊団の他に追加で参加するのは、ラン、シャニロッテ、シード、フューティ。それぞれが特にミラリアと深い関りを持つ者達だ。
一人の少女の旅から始まり、今に至る戦いの時。そう考えれば、異論を唱える者などいない。
――誰もが心に秘める気持ちは同じ。ミラリアにとって最大限力となり、この世界を守り抜くことが本望だ。
「……フフ。しかし、実に面白い光景ではないか? もしかすると、ミラリアが望むのは今この時なのかもしれぬな」
「おや? アキント卿、どうかされましたか?」
そうして会合も終わりを迎えようとすると、アキント卿が顔を緩めて周囲を見渡す。
この場に集いしは、本来立場どころか種族さえも異なる者達。しかし、誰もが一つ共通の目的のもとにまとまっている。
これらを成し得たのは、ミラリアの存在あってのこと。神から生まれた少女は神であることを拒めど、誰よりも先頭を行く事実がそこにある。
――魔剣と共に歩んだ少女の足跡が、世界の道筋をも示していた。
「世界の危機とだけ口にされても、吾輩は信じられたか分からぬ。おそらく、ミラリアの言葉だから信じたのだろうな。あの少女は確かな道を歩み、確かな言葉でこれだけの人々を繋いだ」
「そして、ミラリアちゃんには『誰よりも人として世界を守りたい』という願いがあります。自らの生まれなど関係なく、私達を慕ってくれる心も含めて。……あの子は立派な人間です。もしかすると、この世界の誰よりも」
「わずかに耳にしただけとはいえ、儂も信じたくなるものじゃ。スペリアスの娘であることとは別にしてものう」
かの者達もミラリアとは縁があり、彼女がどのような人間かは承知している。だからこそ、これまでの話を信じることができたとも言える。
苦しさの中に活路を見出し、豊かな感情を育む姿。そこにあるものこそ、本来人間のあるべき姿とも言える。
――誰もが信じたい。神から生まれた少女が、人として紡ぐ未来を。
「……信じましょう。この世界のための勝利と、ミラリアちゃんと共に歩む新たな未来を」
フューティが語る言葉に余計なことは返さず、ただ素直に頷く参加者達。ミラリアが繋いだ世界中の絆は、ここに確かに成就された。
――そして、いよいよ始まることとなる。今を生きる人々が、過去の強欲に抗う戦いが。
◇ ◇ ◇
誰よりも人間となった神と共に。




