その闇、森を襲う
闇瘴と呼ばれる力を止めるため、聖女にも声がかかる。
「私もすぐに向かいます! リースト司祭やペイパー警部にも連絡し、すぐに部隊を編成してください!」
「か、かしこまりました!」
フューティ様達エステナ教団の人が慌てるのは、闇瘴と呼ばれるものが原因の様子。でも、私には闇瘴が何だか分からない。
とりあえず、食べ物ではなさそうだ。むしろ、凄く危ないものな気がする。
「ねえねえ、フューティ様。闇瘴って何?」
「ミラリアちゃんは知りませんでしたか……。ただ、こちらは急を要する事態です。申し訳ございませんが、案内はいったんここまでにして――」
「急いでるの? だったら、私が手伝う。どこに行けばいい?」
「へ? え? あ、あちらの方角に見える森に急ぎたいのですが……?」
フューティ様は私の疑問に答える余裕すらない。とにかく大変だってことは分かる。
ならば、私も力になりたい。エスターシャ神聖国に招いてくれたし、フルーツサンドもごちそうしてくれた。
恩義あることをしてもらったら、こっちも恩義で返す。それがスペリアス様とのお約束。
ここから見える森に行きたいのならば、それこそ私の出番でもある。この程度の距離なら問題ない。
【ああ。あれを使うんだな】
「うん。見える位置までなら大丈夫。フューティ様も私の近くに寄って」
「は、はい。な、何をするつもりでしょうか?」
マントの下で魔剣を構え、ツギル兄ちゃんにも合図をする。あんまり魔剣を見られない方がいいけど、一瞬だけなら大丈夫。
フューティ様も範囲内に入ってくれたし、これで準備は整った。後は場所をイメージして、そこまでひとっ飛びすればいい。
――ツギル兄ちゃんも使ってた転移魔法。それを居合と同時に再び行使する。
スウゥ――ヒュンッ
「わわっ!? これって、転移魔法ですか!? ミラリアちゃん、使えたんですか!?」
「魔剣の力があれば使える。ツギル兄ちゃんの魔法なら使える」
【ディストール王国を脱出した時と違い、だいぶ慣れてきたみたいだな。転移中の移動空間が短くなってる】
フューティ様には驚かれつつも、私とツギル兄ちゃんは慣れたもの。少しだけ転移のための空間を漂えば、その先に見えるのは森の景色。
気がつけば後ろには聖堂が見え、位置的にフューティ様の言ってた森なのは間違いない。私も魔剣による魔法行使に慣れてきたものだ。
「それで、ここに何があるの?」
「あ、ああ、はい。闇瘴と呼ばれる邪悪な霧……とでも言いましょうか? それが発生することで、森が穢れてしまう恐れがありまして……」
「とりあえず『闇瘴がヤバい』ってことで合ってる?」
「……そうですね。あまり長々と説明してる暇もありませんし。その闇瘴を取り除くには、聖女である私の力が必要です。急いで探し出し、浄化しないと……!」
ただ、肝心の問題は解決してない。一応は『フューティ様が聖女パワーで闇瘴を浄化しないとヤバい』って認識で合ってるはず。
ならば、まずはその闇瘴とやらを見つけないといけない。『邪悪な霧』というからには、どこに潜んでいるか分からない。
「私も探す。もしかすると、石の下や木の隙間に隠れてるかも」
「ああ、いえ。相手は別に生物ではありませんので、隠れたりはしないのですが……」
とりあえずは辺りを見回し、なんだか隠れられそうなところを探してみる。
そもそも、私は闇瘴がよく分かってない。フューティ様にはどこかゲンナリな顔をされるけど、手当たり次第に探すしかない。
人もいないしマントも外し、魔剣を鞘に納めたまま草木を掻き分け前へ進んでみる。
【……ミラリア、ストップだ。この先に何かいるぞ】
「え? 何か感じ取った?」
【ああ。それも、かなりヤバい気配をな……!】
そうしてると、草木分け棒代わりになってた魔剣ことツギル兄ちゃんが何かを感じ取ったようだ。
断りもなしに草木を掻き分ける道具に使っちゃったけど、それに怒る様子でもない。もっと何か別の脅威へ警戒を促してくる。
ツギル兄ちゃんは魔剣になる前からこういう気配に敏感だ。その言葉は信用できる。
そんなツギル兄ちゃんが『ヤバい』と言うからには、相当ヤバいものが潜んで――
「チュギィィィィイン!!」
「ッ!? な、何これ!? でっかいサソリ!?」
――などと考えてた矢先、そいつが草木の中からこちらへ飛び掛かってきた。
この虫は知ってる。サソリという猛毒を持った虫だ。ただ、一つだけ私の知るサソリとは違うところがある。
――私が見上げるぐらいにサイズが大きい。外の世界って、サソリも大きかったんだ。
「まさか、闇瘴で汚染された昆虫!? ミラリアちゃん、離れてください! 危険です!」
「え? これって闇瘴とかいうものの影響? 元からこのサイズじゃなくて?」
「こんなに大きなサソリ、少なくともエスターシャ周辺にはいません! 体から闇瘴が溢れてますし、汚染されて巨大化したんです!」
思わず驚いて立ち尽くすも、縮地でフューティ様の元へ戻って話を聞いてみる。闇瘴とは不思議なものだ。サソリをこんなに大きくするなんて聞いたことがない。
とりあえずはこいつをどうにかすればいいわけだ。でもこんなサソリ、フューティ様だけでどうにかなるのだろうか?
「フューティ様、あのサソリ倒せるの?」
「す、すみません。私も闇瘴の浄化ができるだけで、実際に戦って倒すのは……」
【だったら、俺達の出番ってことか。ここは任せてください、フューティ様】
やはり、闇瘴に汚染されたサソリを倒すのはフューティ様では難しそう。まずは私とツギル兄ちゃんで動きを止め、後からフューティ様に浄化してもらうのが一番か。
腰を落として構えをとり、いざ巨大サソリ討伐へ。
「申し訳ございませんが、よろしくお願いします! あのサソリを倒していただければ、後は私でなんとかなります!」
【ええ、任せてください! さあ行くぞ! ミラリア!】
「…………」
ガァンッ!
【いってぇ!? お、俺を岩に叩きつけるな! 何が嫌なんだ!?】
「……別に」
ただ、ツギル兄ちゃんの様子がさっきから妙にムカつく。フューティ様にいいところを見せようとしててムカつく。
魔剣として協力はしてもらうけど……やっぱりムカムカする。
ヤキモチ焼きのミラリアちゃん。




