◆新開疑種カーダイスⅡ
追い詰められたカーダイスがとった手は?
「カ、カーダイス嬢!? どちらへ!?」
「妾は玉座の間へ向かいます! あなた方はここで敵の進撃を止めなさい!」
「そ、そんな!? カーダイス嬢抜きではとても……!?」
「黙りなさい! こうなったら、あいつを再び起動させます! レパス王子もリースト司祭もいないならば、妾の独断でどうにでも……ホーホホホ!」
精神的に追い詰められようと、こちらが説得の言葉を投げかけようと、カーダイスさんの心が変わることはなかった。むしろ、レパス王子同様にどこか壊れた形相と狂った笑いまで始めてしまう。
私の想いなんて虚しかった。壊れたように駆けだしたカーダイスさんは、そのまま再び階段を上がって奥を目指す。
周囲のエステナ教団なんて関係ない。逃げるように玉座の間へと下がっていく。
「どうにか追い込めてはいるが、あと一歩ってところか……! カーダイスのことはそっちに任せる! ここのエステナ教団については俺達だけで問題ねえ!」
「シード卿……分かった! 私とツギル兄ちゃんで終わらせてくる!」
【それまで耐えててくれ! 頼んだぞ!】
何かまだ手立てがある以上、追わないという選択肢はない。この場だけならば、シード卿達だけでどうにでもなる。
ならば、カーダイスさんの相手は私の役目。ツギル兄ちゃんと共に玉座の間を目指して駆けだす。
――この戦いの終焉はあと一歩まで迫ってる。
■
「……まさか、あの時の場所にこのタイミングで戻って来るなんて」
【感慨深くもなるが、かまけてもいられないな。……カーダイスはこの扉の向こうにいる】
エステナ教団の相手は他のみんなに託した。おかげで玉座の間の前まで来るのは容易い。
カーダイスさんは扉を隔てた部屋の中。開ければ再び対面となる。
ただ、どうしても感慨深さがこみ上げてくる。思えば、私の楽園を目指す旅はここから始まった。
レパス王子にエスカぺ村を滅ぼされた後、裏切者として玉座の間まで連行。あの時は本当に終わったと思った。
でも、ツギル兄ちゃんがツクモの力でその身を魔剣へ変えてまで守ってくれた。今の私があるのはツギル兄ちゃんのおかげだ。
いや、ツギル兄ちゃんだけじゃない。スペリアス様を始めとしたエスカぺ村のみんながいたから、私はここまで歩んでこれた。
楽園やエステナ――私自身の真相を知っても歩めたのだって、旅先で出会ったみんながいてくれたから。みんながこんな私を受け入れてくれたからだ。
だから私は守りたい。愛すべきこの世界を。エステナ教団という脅かす存在を打ち砕くことで。
――この世界が私に与えてくれたことに対し、少しでも報いたい。
「……覚悟できた。入る……!」
少しだけ目を閉じて瞑想し、これまでの気持ちの振り返り。人間の心って、少し想いが沸き立つと乱れて難しい。
でも、それこそ私も好む人間の姿。そして、この先に待つのはそんな人の世を乱す根源。
――心が決まれば、意を決して扉を開く。
「カーダイスさん、ようやく追い詰め――ッ!?」
【そ、そこにいる人は……まさか……!?】
「ホホホ! あなた方もスーサイドで一度は目にしたでしょう!? こいつが――エステナ教団の神がいる限り、まだ逆転は可能でしてよ!」
「…………」
眼前に広がるのは、かつて私の運命が大きく変わった場所。懐かしさと苦しさも押し寄せて複雑だけど、それ以上に驚愕してしまう光景が飛び込んでくる。
カーダイスさんが待ってたのは予想通り。ただ、切り札として用意されたもう一人の存在が私の動きも止めてくる。
――セアレド・エゴを取り込むことで偽物のエステナとなったフューティ姉ちゃん。かつてスーサイドで会った時と同じく緑の髪から触角を伸ばし、仮面をつけてただ静かに玉座へ座らされていた。
「もうこうなったら、制御も何も関係ありません……! エステナ! あなたの力で妾に逆らう愚者を葬るのです! その仮面も外し、ただ純粋に暴れなさい!」
「ッ……!? ウ、ウグゥ……!」
エステナ教団に操られたフューティ姉ちゃんがいることは予想できた。だけど、実際に対面すると溢れてくるのは言いようのない動揺。
おまけにカーダイスさんの手で制御用の仮面を外され、その影響でフューティ姉ちゃんも苦しみ始める。なのに命令に従おうと、ヨロヨロ玉座を立ち上がってくる。
正直、見ていられない。カーダイスさんの――エステナ教団のやることに心がなさ過ぎて、こっちの心がただただ苦しい。
「フュ、フューティ姉ちゃん……止まって! 私、あなたと戦いたくない! 傷つけたくない!」
「エス……テナ……命令……実行……!」
「どれだけ声を上げようと無駄でしてよ! リースト司祭の手でさらなる改良を施され、今のエステナはまさに人型の兵器! 仮面による制御も外れた以上、もう妾にさえ止められません! 後はあなた方がくたばるのを、遠方にて願わせていただきますわ! オーホホホ!」
【お、おい!? まさか逃げるのか!? お前まで……フューティ様を差し向けたままで!?】
おまけに元凶であるカーダイスさんまでもが、レパス王子やリースト司祭同様に逃亡を図ってくる。専用の転移魔法を使い、止める声も待たずに姿をくらます。
もはやあの人達は自分が何のために戦ってるのさえ理解してない。世界を支配する願望なんかより、ただその場その場での苦痛から逃れたいだけだ。
味方のエステナ教団さえ簡単に見捨てるなんて、私の立場からすると想像もできない。ただ、物申したくても当人達はどこにもいない。
――何より、最後の置き土産はまだ残ってる。
「エス……テナ……と……して……!」
「フューティ姉ちゃん……!?」
顔を押さえてよろめきながらも、少しずつ歩み寄ってくる偽物のエステナ――フューティ姉ちゃん。体からは黒い影も見え始め、セアレド・エゴの力も行使しようとしてるのが分かる。
おまけに今回は制御も何もない。最後に与えられた命令――『私達を倒す』ことを成し遂げない限り、止まる気配が見えてこない。
――かつて私の運命が狂った場所で、狂わされた運命が牙を剥いて襲ってくる。
エステナ教団の最終戦力、偽神エステナことフューティ。
かつて姉と慕った聖女との戦いへ。




