◆新開疑種レパスⅡ
もう彼は人でも命でもない。
【お前はまだ心のどこかでレパス王子のことを『人間だと思って相手してる』節がある。そうやって考えるのはミラリアの利点でもあるが、あいつの相手をするには邪魔になる。……下手に考えるな。いっそ丸太とでも思え】
ツギル兄ちゃんのアドバイスはどこか冷淡なもの。ただ、言いたいことは分からなくもない。
私なりにレパス王子のことは人間と切り離して考えたつもりだったけど、人間ってことを意識してる時点でどこか切り離せてない。見た目は人間だからか、対処法も人間基準で考えちゃってる。
ツギル兄ちゃんが語るのはそれさえもやめるというアドバイス。生物どころか物として捉えるように言われてるみたい。
「何をコソコソ話してるんだい? 僕もこの後は忙しい。抵抗勢力を血祭りにしないといけないからね。……新たな神の礎として、いい加減に散ってもらおうか」
「……でも、ツギル兄ちゃんの言ってることはもっとも。ここからは私も気持ちを切り替える」
【ああ、それでいい。今頭に浮かべるのは、それこそ『スペリアス様の提示した訓練』と同じだと思え】
余裕そうに息巻くレパス王子に対し、こっちは肩の力も雑念も抜く。フーッと呼吸も軽く整え、戦いへの意気込みも切り替えていく。
今からするのは人や生物による命の削り合いではない。本来の意味での勝負なんてしない。
いっそ頭に浮かべるは、スペリアス様から課せられた修行の日々。レパス王子のことだって『鍛錬用の丸太』程度の認識へと切り替える。
ブゥゥウン! キンッ――ズパンッ!
「フン。また性懲りもなくカウンターか。僕には効かないと――」
スパァンッ!!
「ッ……!? 成程、今度は連撃も加えるか。だが、それもまた無意味だ」
「…………」
無心の中での集中。人を相手にする時って、動きを読んだり気持ちに緩急をつけたりするのがこれまでの基本ではあった。
でも、今回は違う。かつてスペリアス様に叩き込まれた修行からイメージするのは、振り子となった丸太を連続で斬り刻むもの。
余計な言葉は口にしない。ただ迫りくる脅威にだけ目を向け、隙間なく連続で放つ斬撃。何を言われようとも関係ない。耳には入っても、頭までは届かない。
反衝理閃から即座に納刀しての連撃。レパス王子というマトに対し、何も考えず斬り続ける。
「回数を増やしても、やってることは同じじゃないか。またさっきみたいに魔剣を取り込まれるかい?」
「…………」
ヒュンッ――グチィン!
「魔剣がもう一本? だが、僕に取り込まれれば――」
ブチィィイインッ!!
「ゴホッ!? さ、さらに蹴り込んで……!?」
魔剣の刀身を体で抑え込もうとしてくるけど、これについても対処法はある。体を大きく開いた構えに対し、まずはスペリアス様の魔剣を抜刀して突き刺す。
こっちなら消耗とかは考えなくていい。強度に関しても守り重視に使えるほど折り紙付きだ。
それで取り込まれはするけど、今度は回し蹴りで押し込んでレパス王子の体を完全に貫く。信頼できる強度があるからの芸当だ。
――そういった技を何度も何度も繰り返す。どれだけ再生を繰り返されようともだ。
「ちょ、調子に乗らないでもらおうか……! どれだけ攻撃を加えても、僕にダメージは――」
ザシュンッ! バシュンッ!
スパンッ! ズパァンッ!
「ぐうぅ……!? 本当に……うっとうしい……!」
冷酷なまでに無心。完全に攻撃へと集中したが故の無声。
魔剣への魔法効果も切り替え、パターンを増やして攻撃を続ける。レパス王子も反撃しようとするけど、私にはどれも届かない。
もう動きを読む必要すらない。私が今戦ってるのは、人でもなければ生命でもない。
訓練用の丸太を斬り刻むように、ひたすら何度も何度も斬り刻む。再生されようとも関係ない。
それでダメージが通らないことは承知の上。だけど――
「い……いい加減にしろぉぉおお!! ただ僕を無言で斬り裂き、何を考えてるんだぁぁああ!?」
――レパス王子の心には確かな乱れが見えてくる。これまでの余裕を見せた態度から一転、激昂して振りかかってくる。
どれだけ肉体的な痛みがなくても、どれだけ肉体を再生させることができても、精神まではそうともいかない。
人の心の痛みを理解できなくても、自分がやられて嫌なことは道理として残り続ける。
――人は『無視される』というのが一番辛い。それはどんなに壊れた心でさえも痛めつける。
「……反衝理閃・周!」
ガキィンッ――ズガァァアアンッ!!
「あぐ、ぐうぅ……!? の、脳天に……!? だが……再生……すれば……」
これがトドメになるかは分からない。それでも一心不乱に放つのは、レパス王子の振り下ろした一撃を受け止めての反衝理閃・周。
体を捻って大きく縦への唐竹割りで脳天を狙い、完全にレパス王子の頭蓋を砕く。それでもまだ動いてるから生きてはいるのだろう。
ただ、その動きは実に緩慢。再生もさせてるけど、さっきまでの勢いは完全に死んでる。
――おそらくは何度も斬られ続けたことで、心のダメージが限界に達したか。思えば、私がやったことはどこかの誰かさんに似てる。
「私はあなたを斬っただけ。あなたがみんなにしてきたのと同じことをやり返しただけ。……これが人の心の痛み。あなたも少しは理解した?」
自分がやって来たことが、とうとう自分へ返る時。




