その警部、少女を捜す
お尋ね者のミラリアにとって、警部は天敵。
私達の前に姿を見せたのは、ペイパー警部と呼ばれるおじさん。『警部』なんてまた知らない単語が出てきたし、気になって顔を覗き込んでしまう。
ただその時にフューティ様が私に目配せし、あまり前に出ないよう促してくる。とりあえず、今はおとなしくしてた方が良さそうだ。
「オレッチも聞いた限りですが、なんでもディストール王国の王城が爆発し、レパス王子を始めとした王族にまで犠牲が出たとか。おかげで向こうの国は大混乱みたいですよ」
「ええ。私は運よく逃れられましたが、ディストール王国の今後が心配です」
「それと、犯人についても情報が上がってましてね。なんでも、元々はディストール王国で勇者と呼ばれた少女みたいです。黒い髪で、二本の特徴的な触角のような毛。フューティ様もそいつに見覚えはありませんか?」
「ディストール王国で少しお目通しはしましたが、それ以降のことは何も分かりません。ご協力できず、申し訳ないです」
どうにもこのペイパー警部と言うおじさん、私のことを探してるらしい。しかも予想通りというべきか、ディストール王国での爆発事件の犯人としてだ。
あの爆発も本当はレパス王子の自爆で、そのことはフューティ様にも話してある。でも、ペイパー警部には何も語らない。
肝心の私自身は傍にいるけど、変装魔法のおかげでバレてない。インパクトの強いらしいアホ毛も隠してるし、これなら大丈夫そうだ。
「いずれにせよ、フューティ様の身にもしものことがあってはなりません。オレッチはエステナ教団警備部隊長として今後も犯人の足取りを追いますので、何かあればお申し付けください」
「かしこまりました。それでは、これで失礼します」
フューティ様も上手く話を丸めてくれて、ペイパー警部は私に気付かづ立ち去ってくれた。
今回は助かったけど、今後も気を付けた方が良さそうだ。旅をしてれば、またこういう機会にも出くわしそう。
「さっきの人、どんな人なの?」
「ペイパー警部はエステナ教団における警備の要です。他国とも連携し、お尋ね者の足取りを追うのが仕事ですね。『警備部隊長』だからなのか、周囲からは『警部』と呼ばれています。優秀な人ですが、ミラリアちゃんにとっては厄介な相手でしょう」
「そうみたい。気を付ける。……嘘ついてまで、守ってくれてありがとう」
「いえいえ。これぐらいならばお安い御用です。嘘も方便と言いますしね」
それにしても、フューティ様は聖女という神聖な立場にありながら、意外とお茶目なところがある。ちょっぴりいたずらっぽい笑顔を見せながらも、ペイパー警部に嘘を貫いたことを悪びれる様子もない。
こっちとしては助かるし、こういう場面があるから信用したくもなる。でも、悪いことはしてるんだと思う。
――人間って難しい。良いことや悪いことの明確な正解なんてきっとないのだろう。
■
「さて、ミラリアちゃんには約束通りごちそうしましょうか。丁度この店がいいですね。私もお気に入りです」
「フルーツ……サンド? 初めて聞いた」
「果物をパンで挟んだものです。美味しいですよ」
ペイパー警部もやり過ごし、連れてこられたのは甘い香りが漂うお店。果物が店先に並んでて、それだけでも美味しそう。
でも、フューティ様が店に注文して持ってきてくれたのは、四角くて白いパンの食べ物。中には果物の他、白くて柔らかいものが挟まってる。
【こんな食べ物、エスカぺ村にはなかったな。ディストールにはあったか?】
「ううん、なかった。初めて見る」
「物は試しです。まずは味わってみてください」
香りは甘さが引き立って美味しそうだけど、こんなにフワフワしたパンも白いトロトロも私は知らない。エスカぺ村でもディストール王国でも、果物は切ってそのまま食べるものが通例だった。
初めての料理って怖い。でも美味しそう。
甘い香りに引き寄せられて、ゆっくり口に運んでみれば――
「ッ!? あ、甘い! 美味しい!」
「お口に合ったようで良かったです。多めに注文しましたので、どうぞ召し上がってください」
――口の中でとろけ合う、様々な甘みのハーモニー。フューティ様のお言葉に甘え、お皿に乗ったフルーツサンドを次々口に入れていく。
この美味しさはマズい。美味しいけどマズい。癖になる。
瞬く間に完食してしまい、お腹から満たされる幸福感。世界にはこんなに美味しいものがあったのか。
「ごちそうさま。美味しかった。満足」
【凄い食べっぷりだったな……。そんなに美味しかったのか?】
「凄く美味しい。甘みのヤバみ。ツギル兄ちゃんにあげるのはもったいない」
【いや……どのみち魔剣の姿じゃ食べられないが。まあ、久しぶりにミラリアが満足そうにしてるのを見れて良かった】
まだ旅は始まったばかりで、辛いこともたくさんある。でも、旅先にこんな美味しいものがあれば、俄然やる気も湧いてくる。
きっと、世界にはもっといろんな食べ物があるはずだ。それらとの未知なる出会いが心躍らせる。
「楽園を目指す旅も大事でしょうが、こうして立ち寄った先にある名物を味わうことも大事な思い出でしょう」
【フューティ様の言う通りだな。スペリアス様だって、ミラリアには『自分の脚で楽園に辿り着いてほしい』って言ってただろ? それはつまり、旅の中でいろんな経験を積んでほしいってことでもあるんだろ。悪い思い出ばかりじゃなく、良い思い出も含めてさ】
「うん、きっとそう。私、旅する元気と楽しみが出てきた」
思えば、私は旅を始めた時から警戒や不安ばかり抱えてた。お尋ね者にもなってるし、旅自体を楽しもうって気になれてなかった。
だけどこうして美味しいものを食べ、親切にしてもらえると素直に嬉しい。嬉しいことは素直に喜びたい。
こうした経験を積み重ねることがスペリアス様の望みならば、私はもっと経験していきたい。
――辛いことも嬉しいことも、全部が全部経験になる。なんだかまた一歩、人として成長できた気分。
「お腹も満たしたことですし、次はどこに行きましょうかね?」
「どうせだったら、ツギル兄ちゃんも楽しめる場所がいい。食べてばかりだと、ツギル兄ちゃんが楽しめない」
【俺に気を遣わなくてもいいし、なんだか楽園の話から逸れてきてるな……。でもまあ、そういうのも悪くないか。ミラリアの気遣いにも感謝するよ】
フューティ様も言ってるし、今は楽園のことより新しい発見や経験を積みたい。私だけでなく、ツギル兄ちゃんも楽しめる形で。
魔剣に魂が宿ってるからご飯は食べられないし、何がいいのだろうか? 風景を眺めるとか?
「フュ、フューティ様! こちらにいらっしゃりましたか!」
「あら? エステナ教団の方が慌てて、何かありましたか?」
そうやって次のことをウキウキ考えてると、エステナ教団の服を着た人が走ってこちらにやって来る。
なんだか大変そう。フューティ様に用事みたいだし、何事だろうか?
「闇瘴です! 近くの森で発生しました!」
「なんですって!?」
「……闇瘴。また知らない言葉が出てきた」
この世界を形作る要素がまた一つ。




