その国、神聖な地にて
ようやくミラリアはエスターシャ神聖国の中を見て回ることに。
「こ、ここがエスターシャ神聖国……!? 昨日は見れなかったけど、ディストール王国とはまた違う……!」
「ミラリアちゃんにとっては、いろんなものが初めてですからね。少し観光しつつ、慣れながら調査しましょうか」
朝食を食べてマントを羽織り、聖堂を出ればそこはエスターシャ神聖国の街並み。昨日は隠れて聖堂に忍び込んだし、ハッキリこの目で見るのは初めてだ。
綺麗で広い道路。その両端に植え付けられた木々。整えられた建物。
人の多さこそディストール王国ほどではないけど、小鳥達も飛び交っててどこかエスカぺ村を思い出させる。緑も豊かで、空気も爽やかだ。
きっと『神聖』ってのは、こういう光景のことを言うのだろう。
【なあ、ミラリア。俺にも見せてくれないか? 流石にマントの中で待つだけってのは……】
「でも、ツギル兄ちゃんはフューティ様を見たいだけだよね? デレデレ眺めたいだけだよね?」
【ち、違うって。それだけじゃないって。……『だけ』では】
なお、ツギル兄ちゃんはフューティ様に言われた通り、私が羽織ってるマントの中。完全に魔剣が隠れる形で腰に携えられている。
出発前の発言といい、ツギル兄ちゃんはフューティ様にデレデレしすぎだ。こういうのを『エロガッパ』って呼ぶんだと聞いたことがある。
私の羽織るマントも『カッパ』という雨具みたいだし、まさに読んで字のごとくエロガッパ。妹として恥ずかしい。
「……ちょっとだけなら構わない。マントの隙間から少しだけ見せる」
【ああ、それでも構わない。俺だって初めての光景は見てみたいし、フューティ様に危険がないか気になるし……】
「『フューティ様に』? 私じゃなくて?」
【い、今のは別にいいだろ!?】
とはいえ、私も鬼じゃない。フューティ様にも目配せしながら、気付かれないようにマントの中の魔剣をチラリと外に見せる。
ツギル兄ちゃんだって、本当は人間の姿で旅をしたかったはずだ。私のためにこんな姿となったけど、可能な限りは一緒の景色を見ていたい。
――エロガッパは自重してほしいけど。
「フフ、仲睦まじい兄妹ですね。……さて、調査もいいですが、少し街並みを歩いてみましょうか。ミラリアちゃんはどこか希望はありますか?」
「なら、美味しい食べ物があるお店」
「……朝ご飯、食べたばかりですよね?」
「朝食は別腹」
【……すみません、フューティ様。ミラリアの奴、昔から食いしん坊で……】
ツギル兄ちゃんのエロガッパはさておき、まずは私もエスターシャ神聖国のことを知りたい。そのためには、何か美味しいものを食べるのが一番。
ディストール王国でだって、食べ物の美味しさから世界を知ることになった。食べ物に関してはエスカぺ村の方が劣っていると言わざるを得ない。
旅の食事は貧相だったし、たまにはいいものを食べたい。
――別に食いしん坊だからじゃない。これは世界を知るために必要なこと。
「まあ、ミラリアちゃんがそう言うのならば、私もそれで構いません。こちらも色々と思うところがありますし、少しご馳走いたしましょう」
「やった。お金ないから丁度良かった」
「……後、少しぐらいのお小遣いも準備しておきましょうか。今後の旅においても、お金は入り用ですからね」
【なんだか、至れり尽くせりですみません……】
お金の工面までしてくれるし、フューティ様は本当に優しい。エスカぺ村でもディストール王国でも、私一人ではお金を上手く管理できてなかった。
でも、これからはそういうことも必要。旅はまだまだ始まったばかりだし、もらったお小遣いも大事に使おう。
「……でも、本当にタダでもらっていいの? フューティ様、何か変なこと考えてない?」
「おや? お小遣いはいりませんか? ……あー、もしかして、私のことを疑ってますか?」
ただ、こうやって良くしてもらってると、ディストール王国での出来事が脳裏に蘇る。
あの時だって勇者だともてはやされ、気がつけばレパス王子にいいように利用されてただけだった。自分に都合のいいことばかり信じて、本当に大事なことを見失ってた。
フューティ様のことは信じたい。だけど、どうしても裏を探ってしまう。
――あの時のことがショックで、他人を信じ切れない。
「ミラリアちゃんがそう思いたくなるのも無理はありません。ディストール王国での出来事は、私だって覚えています。疑いたくなって当然です。……ただ、このことは頭に置いていただけませんか?」
「何を?」
「『他人を疑い自分を守る』ことは大切です。ですが『他人を信じて共に歩む』こともまた大切です。そこのバランスは非常に難しく、簡単に判別できるものではありません。それでも、人が生きていくためには必要なことです。人は一人では生きていけませんからね」
「……難しいけど、分からなくはない。確かに私、一人じゃ生きていけない」
そんな私の気持ちを理解した上で、フューティ様は諭すように言葉をかけてくれる。この感じ、エスカぺ村で怒られてた時に近い。
別にフューティ様が怒ってるわけじゃないけど、話す言葉が大事なことなのは分かる。意味をしっかり説明してくれるからだろうか。
これまでの私だって、村のみんながいたから生きてこられた。今は旅に出てるけど、それができるのもツギル兄ちゃんがいるからこそ。
分からないこと、知らないこと、そこに潜む怖いこと。生きるって、単純でありながら難しい。
フューティ様の言葉にはその意味が感じられて、直感的に受け入れられる。
「なんでしたら、ミラリアちゃんが私を敵だと認識した時、後ろから斬りつけても構いませんよ?」
「そ、そんな酷いことしない。私、フューティ様のことを信じたい」
「今はそのお言葉だけでもありがたいです。ここから先は少しずつ信用していただけるよう、私なりに善処しましょう」
結局のところ、フューティ様にはレパス王子のような悪意はない気がする。
断定するのは危ないけど、この人のことは『信じたい』って思える。
【……本当にミラリアは成長したな。まだまだ難しいことだらけだろうが、少しずつ世界も人も見ていけばいいさ】
「むぅ、ツギル兄ちゃんに褒めてもらえても、嬉しくなんか――あれ?」
マントの中でツギル兄ちゃんも褒めてくれるけど、それはそれでこそばゆい。ちょっぴり素直になれない。
そんな気持ちを抱きつつ街並みを歩いてると、前方から誰かが近づいてくるのが見える。
茶色のコートにツバのついた帽子を被った男の人だ。なんだか、フューティ様の方に目を向けてこっちに来る。
「聖女フューティ様。ディストール王国での一件や帰り道で野盗に会ったと聞きましたが、ご無事なようで何よりです。オレッチも警備部隊長として安心しました」
「ペイパー警部ですか。お勤めご苦労様です」
「……警部?」
やべーぞ! ポリスだ!




