◆無情司祭リーストⅢ
斬れないならば、殴って吹き飛ばす!
私があえてリースト司祭との会話を続けたのはこの時のため。こっちへ向かう直前、レオパルさんとの連絡用シーバーはアキント卿へ託しておいた。
私が持ち場を離れる以上、箱舟から放たれる天閃理槍のタイミングは別の人が確認するべき。そのため、前線指揮をしてるアキント卿へ一任しておいた。
今がまさにその合図の瞬間であり、平原のみんなは再び一斉に後退してくれる。
「おや? また何か考えて――」
ドスゥウンッ!
「一度は見せてるんだから、もっと考察するべき。私がこれを利用することも含めて……!」
こっちは森の中だから、天閃理槍の射程外ではある。でも、今度はこれを利用する。判断の遅れたリースト司祭目がけて、抜き身の魔剣を全力で振り抜く。
刃の向きは逆。峰打ちで振り抜けば、切断や再生とっいたことは起こらない。当たった衝撃で体ごと吹き飛ぶばかり。
――そして、リースト司祭が吹き飛んだ先はみんなが退避した平原だ。
「……成程。これが狙いでしたか」
「自分の置かれた状況は理解してるんだ。それでなお落ち着いてられることには、感服より恐怖する」
【いずれにせよ、あんたに避けることはできない。どこまで不死身かは知らないが、あれを食らって大丈夫ってことはないだろ?】
間もなく平原は天閃理槍で貫かれる。リースト司祭の肉体をもってしても、完全に無事では済まないだろう。
理解しても避けようとしないのは、その肉体への自信か単なる油断か。まあ、そんなことはどうでもいい。
これが今できる最大の選択。二刀目の魔剣で吹き飛ばされたリースト司祭もまとめて――
カッ――ズゥグオォォォオオンッッ!!
――平原ごと貫く光の槍、天閃理槍。闇瘴で作られた怪物達どころか、指揮官であるリースト司祭ごと消し飛ばす勢い。
ランさんを含む砦のみんなは退避できたけど、攻めてきたエステナ教団の勢力は一網打尽。昔の人達が箱舟という力を未来へ託しただけのことはある。
「……やれやれ。してやられましたか。流石の私でも、動くのに難儀しますよ」
「……こっちこそ驚いた。そこまでボロボロになって、まだ動けるの?」
【不死身というより、ただただバケモノだな……。とはいえ、これ以上の交戦はできないだろ】
いくらエデン文明で肉体を異形へと改造しても、とても耐えられたものではない。リースト司祭は怪物達と違って生きてこそいるけど、立ってるだけでこっちへ襲い掛かれそうにない。
その姿にしたって異様。全身の服や皮膚がドロドロに溶けてるのに、表情だけは張り付いた笑顔のまま。それで立ってる姿を見ると、手応え以上に恐ろしさを感じてしまう。
「まあ、私もこれ以上の交戦は控えるべきでしょう。痛みを感じないとはいえ、無謀を続ける意味もありません。退散させていただきましょうか」
「あなたの考えって至極単純。その時々で『嫌だからやりたくない』ってだけにしか聞こえない」
「実際その通りですし、あなただってそうではありませんか?」
「……何が言いたいの?」
こっちが近づいて様子を伺ってると、観念したように言葉を紡いでくる。いや『観念した』と言うほどの中身さえ感じない。
本当にその時その場さえ凌げればいいって感じ。今だって追い詰められたから、逃げるために転移魔法の発動準備をしてる。
倒された怪物のことなんてどうでもよくて、盾となる力がないと何もできない。ただ、そこにも何か含みがあるように語ってくる。
「どこで手に入れたのか知りませんが、私でさえ知りえない武力まで持っているのです。あれにしても『誰よりも強くなって怖い思いをしたくない』という背景があるのでしょう?」
「あなた達と一緒にしないで。虫唾が走る。私が箱舟を手にしたのは、どんな困難な道のりであっても成し遂げたいことがあるから」
「箱舟……ですか? それはまた、私でも知りえない力ですが……?」
「……この際だから、あなたには一つ教えてあげる。帰ったらレパス王子にも教えてあげるといい」
リースト司祭って、本当に楽園が目指した一つの完成形なのだろう。苦痛も苦悩もないから、苦しむことなく生きてられる。
でも、そんなことが正しいとは思えない。嫌なことは私だって嫌だけど、そのために周囲へ害を振りまいたり逃げたりするのだけは違う。
だったら、ここで一つ恐怖してもらう。本当に恐れるかは別として、私からエステナ教団に対する宣戦布告としてだ。
――この人達が崇める神様の名前は私も持ってる。
「私の本当の姿は……エステナ。あなたがビクビク怖がってる創世装置の一部。これから心根に従って、エステナ教団の相手をするから」
「え……? エス……テナ……? な、何を馬鹿なことを……?」
本当は自分で名乗りたくないけど、この人には名乗った方がいい気がする。これから事を構える意味で必要な宣戦布告にもなる。
その言葉を聞いたリースト司祭の言葉は、素直に信じてる様子ではない。ただ、一定の効果は見て取れる。
――鍵となるエステナの存在を匂わせたことで、初めてリースト司祭が動揺する様子を見ることができた。
「……と、とにかく、私はこれで失礼しますよ。どうやらあなたが相手となると、ただ単純に事を進めればいいだけではありませんので。そのことが知れただけでも収穫でしょう」
ヒュン
【……矢継ぎ早に言うことだけ言って消えたか。何かに勘付きはしても、結局やることは同じか】
「今はそれで構わない。あの人には十分な薬になった」
最終的には転移魔法で逃げてしまったリースト司祭。私の宣戦布告をどう捉えたのかは別としても、少しぐらい効果があったならそれでいい。
結局はリースト司祭もエステナが怖いだけ。どれだけ恐れる感情を排除しても、逃げること自体が恐怖心からくる行動と言えよう。
私も少しだけスッキリした。これまで表情一つ変えなかった人を動揺させられたのだから。
【それにしても、さっきのはミラリアらしくなかったな。自分からエステナを名乗るなんてさ】
「むう……自分でもそう思う。……やっぱり、しない方がよかったのかな?」
ただ、これらの流れは本来の私と違うってのには同意。ツギル兄ちゃんが疑問を述べるのはもっともだ。
勢いでやったけど、振り返ってみればかなり偉そうだった。別に神様を名乗りたくもないし、目的としてエステナ教団を倒したいって気持ちだけあればそれでいい。
それでもこうしてエステナの名を挙げるのは、やっぱり私もエステナだからなのかな? 知らず知らずのうちに、人間より神様に寄っていって――
「何を難しい顔してんだい、ミラリア! せっかくの勝利なんだから、もっと派手に喜びなって! MVPのあんたがそんなんじゃ、アタイ達も素直に喜べないっしょ!」
「ふ、ふえ? ランさん?」
勝利を掴んだ理由は「ミラリアが神の一部」だからではない。




