◆無情司祭リーストⅡ
リースト司祭もある程度の事情は把握している。
ただ欲望は独善的であり、眼前の少女こそが最大の鍵とは気づかない。
「楽園の力を示す……!? そのために、世界中を敵に回して……!? しかも、エステナを不要とするために……!?」
「あなたがご存じかは知りませんが、エステナは元々ただのカラクリに過ぎなかったのですよ。だというのに、人と同じような自我が芽生えてしまいまして。楽園の住人も危惧していたのですよ」
【そのことも知ってたのか……!】
リースト司祭の目的は楽園のためにあり、エステナにも通ずるもの。エステナ教団を先導して世界へ戦火を広げることも、そのための布石に過ぎない。
最終的な狙いは『エステナを不要とする』ことらしいけど、そこの意図が見えてこない。自我を持ったエステナの存在を知った上での対策ではあるらしい。
「ゲンソウとは、太古より『人々の願いの果てに生まれた力』です。言い換えれば、それは信仰ともなります。幸せになりたい、苦しみたくない、楽に生きたい。そういった願望が力となれば、自我なんて不純物を含んだエステナの代用にもなります」
「つまり、みんながエステナ教団や楽園をより意識すればいいってこと? ……でも、そのためにみんなを苦しめる必要なんてない。あなた達がやってることはただの暴力」
「形なんて関係ありません。暴力だろうと崇拝だろうと、楽園の力にひれ伏してくれればそれでいいのです。何より、強大なエデン文明がある以上、力で示す方が分かりやすいでしょう? この世界が楽園を恐れれば恐れるほど、エステナに代わる新たなゲンソウは強さを増すのです」
【……今までもだったが、本当に吐き気のする野郎だな。自分のためだったら、周囲は全部ゴミってか? ふざけるなよ……! フューティ様にしたって好き放題利用して……!】
ある程度の意味は理解した。自我を持ったエステナが怖いから、代わりとしてさらなるゲンソウを求めてるってことらしい。
そのために必要なのが楽園への信仰。ただ、それはただ『畏れさせる』ってだけに過ぎない。
みんなが楽園を恐れれば、それだけゲンソウが強くなる。強くなったゲンソウをエステナの代わりにできる。理屈を完全に理解できなくても、話の筋道は見えてくる。
――だからって、許されないことをしてる事実は変わらない。
「……あなたは人間じゃない。自分が楽園へ戻りたいがために、どうしてここまで世界を巻き込めるの? 楽園にしたって、どうして外の世界のことは考えないの? この世界にはたくさんの命がある。楽園が好き勝手にしていい道理はない」
「どうぞ好きに仰ってください。強さこそが正義であり、絶対の真理なのです。何よりあなた方が相手にするのは、この世界で女神と呼ばれるエステナの使徒。抗ったところで、本気で勝てるとお思いで?」
「……思ってる。私達だって……そのためにここまで来た!」
もう御託は聞き飽きた。私の意志は変わらないどころか、より強固なものへ変化する。
楽園もエステナも終わらせないと、この世界が滅びの道を歩むのは明白。もう怠惰で好き勝手する人達の思い通りにはさせない。
無礼ではあれど、言葉を交わしながらの居合一閃。不意打ちでリースト司祭へ斬り抜くけど――
スパァン――グチチチチィ
「だから、勝てるはずがないと言ってるでしょう? 楽園がもたらす恩恵は、あなたのようなただの人間の小娘では届かないのです」
「……予想はしてたけど、あなたもレパス王子やカーダイスさんと同じってことか」
【回復速度も速いな……! ちょっとした痛みさえも感じてないか……!】
――斬撃音と同時に肉が蠢く音が響き、リースト司祭の体が元通り再生していく。
痛がる素振りさえ見せてない。傷も痛みも何もかも、嫌なものは全部感じないのはレパス王子やカーダイスさんと同じみたい。
予想してたけど、こうなるとどう倒せばいいのかが見えてこない。コルタ学長が一緒の時と違い、毒の類なんて持ってない。
言ってしまえば不死身の相手。私の斬撃程度のダメージでは届かない。
「あなた達って、本当に人間を辞めちゃってる。そんな傷も苦痛も残らない体で生きて、楽しいこととかあるの? 生きることがつまらなくならないの?」
「『つまらない』という感情さえ、エデン文明があれば排他可能です。苦痛となる負の感情は全て取り除き、不安なき生の謳歌を可能とした力ですよ? あなただって楽園を目指しているならば、理解できるはずでしょう?」
「理解できない。私の経験はあなたの言う楽園の理屈を否定する」
「おやおや、本当にけったいな小娘ですね。レパス王子やカーダイス嬢と違い、素直に物事を受け取らないのは困りものです。スペリアスに育てられた影響でしょうか?」
残心を取りながらも、リースト司祭から攻撃してくる気配はない。ゆっくり納刀を終えて振り返る余裕すらある。
怪物も砦への侵攻に集中させてるらしく、私やリースト司祭に意識を向けることはない。おかげでちょっとした会話さえ交えられる。
とはいえ、内容については右から左へ流したくなるもの。スペリアス様や私のことを何も知らないくせに、好き勝手言わないでほしい。
――ただ、今はまだ怒る時じゃない。我慢だって必要だ。
「こっちの魔剣だと厳しい。なら、もう一刀で挑ませてもらう」
【……成程。俺はミラリアの判断に任せる。考えがあるのは読めたさ】
「おやおや、魔剣をもう一本用意してましたか。ですが、それに何の意味があるのでしょう? そっちの方が攻撃力が高いとでも? 残念ながら、武器を変えた程度で効果はありませんよ」
多分、タイミング的にはあと少し。ツギル兄ちゃんも私の狙いが読めたのか、素直にスペリアス様の魔剣へ後を託してくれる。
気付いてないのはリースト司祭だけ。こっちは二刀目の魔剣を抜き身で構えて準備もできた。これでないと作戦は成功しない。
この人を始め、楽園の力に契合しすぎた肉体へ明確なダメージを与えるのはかなり難しい。斬撃ではすぐに再生されるから、少なくとも『それ以外の強大な力』が必要になる。。
今の私ではそんな力は出せない。魔剣の居合でツギル兄ちゃんの力を借りても、明確なダメージを通せるビジョンが見えてこない。
――ならば、今この場で用意できる別の力に頼るのみ。
「総員! 退避ぃぃい!!」
【ミラリア! 合図だ!】
「うん! 待ってた!」
そのタイミングは、私からシーバーを受け取ったアキント卿が教えてくれた。
いざという時の作戦をも活かすのは、これまでの経験に裏打ちされた信頼と進化!




