その聖女、兄妹を招き入れる
聖女フューティとも再会し、いよいよエスターシャ神聖国へ。
「ミラリア様。今からエスターシャ神聖国に入ります。顔を見られるとマズいので、どうかこのまま隠れていてください」
「う、うん。分かった」
馬車を襲っていた野盗を退治してみれば、その襲われてた馬車に乗ってたのは聖女フューティ様だった。
まさか、こんなところで再会できるなんて。話を聞けば私と離れ離れになった後、フューティ様もディストール王国での不穏な動きを警戒していたらしい。
どうにか機を伺って脱出。ここまで逃げ出すことはできたけど、そこで野盗に襲われたようだ。
なんという偶然。ビックリな再会である。
「まさか、再びこうしてミラリア様の傍で仕えることになるとは私も思いませんでした」
「こっちもビックリした。フューティ様だけじゃなく、眼鏡メイドさんも一緒に乗ってたんだ」
「私もディストール王国でミラリア様のお世話をしていたので、色々と危険な立場でした。フューティ様に誘っていただき、こうしてエスターシャ神聖国へ同行させていただいてます」
さらに驚きなのが、ディストール王国で私のお世話をしてくれたメイドさんまで一緒ということ。馬車の手綱を引き、エスターシャ神聖国の門へと馬車を走らせる。
こっちもこっちで立場が危うかったらしく、今はフューティ様お付きのメイドをしているとのこと。なんだか、私が巻き込んでしまったみたいで申し訳ない。
「こちらとしても、ミラリア様のその後は気になってました。私の代わりに巻き込まれてしまったのに、よくぞご無事で……!」
「そのことは大丈夫。私もフューティ様が無事で嬉しい。……それより、私はもう勇者じゃない。『ミラリア様』と呼ばれるほどじゃない」
「では、何とお呼びすればいいのでしょうか?」
「エスカぺ村の人達と同じように……ミラリアちゃん?」
「あらあら、随分と印象が変わりましたね。ですがそれでよろしいならば、私もそう呼ばせていただきましょう。ミラリアちゃん」
今はエスターシャ神聖国に入ってる最中で、あまり大きな声を出すことも顔を覗かせることもできない。もしかすると、ここにもディストール王国の手が及んでるかもしれない。
そんな中でもフューティ様と小声でお喋りするのは楽しい。ディストール王国にいた時も、この人は本当の意味で私を気遣ってくれていた。
こうして再会できたことも、私のことを村のみんなと同じように呼んでくれることも、心から嬉しいって思える。
「お二方とも、今からエステナ教団の聖堂に入ります。中まで入ってしまえば、ミラリア様も無理に隠れる必要はありません。ただ、今しばらくは言葉をお控えください」
それと、眼鏡メイドさんもなんだかんだで私に配慮してくれてる。でもよく考えると、私はこの人のことはよく知らない。
ディストール王国ではお世話になったけど、あんまり深くは関わってない人なんだよね。
これからもお世話になりそうだし、まずは言われたことをしっかり守ろう。知らないままってやっぱり怖い。
■
「ミラリアちゃん、もう大丈夫ですよ。ここは私の部屋なので、誰かが勝手に入ってくることもありません」
「プハァ、ちょっと息苦しかった。……あれ? 眼鏡メイドさんは?」
「彼女は荷物運びと聖堂内での挨拶に向かいました。ミラリアちゃんと違って、あの人は今後もしばらくこちらでお世話になりますからね」
馬車を降り、ローブで顔を隠しながら辿り着いたのはフューティ様の私室。眼鏡メイドさんとは別行動になって残念だけど、今はとやかく言える立場ではない。
ディストール王国ではお尋ね者なので、下手に見つかると捕まる恐れがある。むしろ、そんな私をここまで招いてくれたフューティ様がある意味凄い。
「私をお部屋に入れて、フューティ様は大丈夫なの?」
「バレたら問題ですが、バレなければ問題ありません」
「……その考えがすでに問題じゃない?」
「世の中なんてそんなものです」
世の中には時として『悪いことも考えよう』とは村の巫女さんも言ってた。私には理解できないけど、フューティ様は聖女という立場にある人。きっとこれでいいのだろう。多分。
何はともあれ、私もようやく堅苦しさから解放される。顔を隠していたフードを脱いで辺りを見れば、そこはディストール王国のものとはまた違った綺麗なお部屋。
流石は聖女様。私室に至るまで綺麗である。
「そういえば、ツギル兄ちゃんはさっきから黙りっぱなし。少しは何かコメントが欲しい」
【…………】
「ミラリアちゃん? その剣に話しかけてどうしたの?」
「これはただの剣じゃない。魔剣になった。今はツギル兄ちゃんの魂が宿ってる」
「確か、ミラリアちゃんのお兄さんでしたよね? ただ、この剣が魔剣でお兄さんとはどういう意味で……?」
ところで気になるのが、フューティ様と再会してからツギル兄ちゃんが黙りっぱなしってこと。私が話しかけても返事がない。フューティ様が話しかけてもやっぱり同じ。
こうやって説明する場ができたのだから、黙らずに喋ってほしい。魔剣の説明とか私一人じゃできない。本人がやってほしい。
【い、いや……。こんな綺麗な人に会うのは初めてだから、俺も緊張しちゃって……】
「…………」
ガンッ!
【痛っ!? おい、ミラリア!? なんで俺を床に叩きつける!?】
「なんとなく」
黙ってる理由は話してくれたけど、なんだかムカつく。確かにフューティ様は綺麗な人で、オッパイだって大きい。
でもそれだと、普段から話してる私が『綺麗じゃない』みたいだ。オッパイが小さいのは認めるけど。
とりあえず、鞘ごと床にバシバシしてみよう。少しは気が晴れる。
「ま、まあまあ! 本当に剣が喋りましたのね! では、この剣がミラリアちゃんのお兄さんで、今は魔剣となっていると?」
【ど、どうも、ミラリアがお世話になってます。あ、兄のツギルです】
「そうかしこまらないでくださいませ。こちらこそ、ミラリアちゃんには助けていただきましたので」
【そ、そうですか。不束な妹ですが、どうかよろしくしてやってください……】
ようやく喋り出したかと思えば、ツギル兄ちゃんはどこかおぼつかない語り口。今は魔剣になってるけど、人間だった時ならきっと鼻の下を伸ばしてデレデレしてた。
思えば、エスカぺ村には私達と同世代の女性はいなかった。一番近いのは巫女さんだけど、フューティ様みたいに綺麗で歳の近い人なんていなかった。
だからツギル兄ちゃんはデレデレしてるのか。男の人って、特に綺麗な女の人が好きって村でも聞いたことがある。それは魔剣となったツギル兄ちゃんとて例外ではないのか。
「ところで、どうして魔剣なんて姿に?」
【ま、まあ、色々ありまして。よ、よろしければ、ちょっとゆっくり話しませんか?】
「そうですね。私もお二方の近況は是非とも伺いたいです」
ただ、私を置いて話をされるのはなんか嫌。やっぱりムカつく。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
【痛い! 痛いっての! なんで俺を床に叩きつけるんだ!? ミラリア!?】
「……なんとなく」
「あらあら。ミラリアちゃんもヤキモチを焼きますか」
スケベ兄貴。




