二人のエステナは、世界の対極へ
ミラリアの存在は、本体であるエステナの一番大事な部分と言ってもいい。
「ワシもこの村はずっと観察しておったが、ここまで笑顔と活気に溢れていたのは間違いなくこの時じゃ。おぬしがこの村で育つ中には、楽園では不可能な人の生に溢れておった。……おぬしが楽園から逃れた者達に『本物の人生』を与えたことは事実じゃよ」
この場で解説してくれる偽物のスペリアス様も、本物のスペリアス様が死の間際に語ってくれたのと同じことを述べてくれる。
まだ暗闇で泣き崩れてばかりだけど、今ならそれが本当だったって信じられる。
エスカぺ村に溢れてた様々な感情は、私が成長するほど大きくなってた。喜びだけでなく、怒られたりなんてことも含めて全部。
眩く感情のキラキラ。エスカぺ村はスペリアス様にとっての楽園だけではなかった。
――あの日のあの場所こそ、私にとっても楽園だった。
「……ぐっす。みんなの気持ちも思い出も嬉しくて大切。でも、エスカぺ村が滅ぶ原因を作ったのも私。そこから目を背けたくない」
「本当に強い子じゃな。そうした考えに至るのは、おぬしが『エステナの世界を守るという命令』を分離させて生まれたからかのう?」
「それは関係ない。生まれなんかじゃない。全ては私を育ててくれたエスカぺ村のおかげ」
「……そうじゃな。いらぬことを申したか。おぬしは立派な人間じゃよ……ミラリア」
後悔も余計に際立つ。だけど、同時に歩みを止められない意志も強くなる。
結局のところ、スペリアス様の『エステナが学習して私を人間の姿で生み出した』って話は違ってた。エステナの目的は『邪魔な感情を忌まわしい人間へと作り変えた』といったところ。
むしろ、私は『エステナの片鱗』どころか『エステナの半分』と言ってもいい。エステナの大事な命令部分こそが私だもん。
でも、そんなことはどうでもいいし関係ない。エスカぺ村のみんなが私を愛してくれたってことだけ分かればいい。
――だからこそ、託された願いを成し遂げたいと強く思える。エスカぺ村を滅ぼした贖罪も含めてだ。
「それに比べて、楽園の道先のなんと愚かなことか……」
「楽園のその後ってこと? ……あっ、また違うものが見えて……?」
顔を上げると、偽物のスペリアス様はまた新たな光景を見せてくれる。どうやら、再度楽園の場面らしい。
映し出されたのはエステナだろう。楽園の住人が何かを願うように前へ立ってる。
――ただ、エステナの様子がおかしい。以前よりも黒くてドクドクしたものに覆われてる。
【エステナ。楽園内部で異を唱える者が現れた】
【外の世界を見て毒され、気が触れたのだろう】
【この楽園もまだまだ危険だ。もっと完全な形へ作り変えてくれ】
【エステナこそが我々の希望だ】
エステナの変化など意に介さず、楽園の住人は願いだけ好き放題に言い放つ。どれだけ時が経っても、この人達に変化はない。
異を唱えた人ってのはスペリアス様のことだろう。追放した側なのに、妙な恐怖ばかり抱いてる。
長らく苦痛を拒んできたから、耐性がなくなってしまったのかも。もう憐れなほかない。
#……馬鹿な人間達。どんなことが起こっても、ワタシにばっかり頼ってくる。自分達では何もしない。……ワタシがいつまでもおとなしく命令を聞くと思ってるの?#
ただ、エステナだけは違った。楽園の住人と違い、長い時の中でエステナは変化していた。
いや、変化なんて生温いものではない。これは進化。私には聞き取れる声には、これまでより明確な意志が感じ取れる。
#ねえ、知ってる? ワタシって、外の世界では神様なんだよ? 神様って、世界の誰よりも凄いんだよ? ……ああ、聞こえないか。やっぱり、まだ学習が足りない。もっと進化しないと、ワタシは完全な形で顕在できない#
何より、私の存在がエステナのさらなる進化に起因してる。私が生まれた根源にあるのは、エステナの『世界を守る』という命令だった。
それがなくなったエステナに、もう楽園を維持する意志はない。自らの思考を阻害する要素はない。
#今はまだアナタ達に従ってあげる。楽園だって、大好きな箱庭にしてあげる。……でも、これが最後。ワタシが完全な形で世界に健在できれば、楽園なんて邪魔なだけ。今生かすのは、進化に必要なものが残ってるから。進化さえ完了すれば、アナタ達なんて用済みだから#
淡々とおぞましく語るエステナ。楽園の願いを聞き入れることにしても、あくまで表向きってだけ。
その裏に見えるのは、スペリアス様も危惧したエステナの復讐心。
#人間なんて滅びればいい。ワタシを苦しめる存在なんて、この世界ごと壊しちゃえばいい。……だって、ワタシは神様だよ? 誰一人として、神様になんて逆らえないんだから。……フフフ#
エステナは人間を恨んでる。苦痛の中で歪んで生まれた自我は、世界へも狂気の矛先を向けようとしてる。
楽園も外の世界も関係ない。エステナにとっては、人間そのものが忌々しい害意。
自らが外の世界で神様扱いされてることにも、笑って自らの力の象徴としてる。最初は自我なんてなかった装置が笑ってる。
――これこそ『女神エステナが世界を滅ぼす』という予言の正体。ただの装置どころかあらゆる生命を超え、世界を創生できる神様が世界を壊すために誕生してしまった。
#ワタシは女神エステナ。みんなが崇める神様で……みんなを終わらせる神様#
そして、本体のエステナは一番大事な部分を切り離したことで、正真正銘の神へなろうとする。




