その少女、旅に出る
第2章、ついに旅立ったミラリアと魔剣ツギル。
まだまだ世間知らずな少女が出会う、未知と神秘に溢れた旅路。
焼け落ちたエスカぺ村を後にして、私は魔剣となったツギル兄ちゃんと共に旅へと出た。
といっても、まだまだ村を出てそこそこにある森の中。方角的にはディストール王国と反対方向。
ツギル兄ちゃんが言うには『ディストール王国では今頃、ミラリアを指名手配して追ってるだろう』とのことで、とりあえずはディストール王国を避ける道を選んでる。
転移魔法で知らない場所に飛ぶのは危険だし、こうやって少しずつ進むのが一番だ。
「ねえねえ、ツギル兄ちゃん。デアシカを捕えたけど、血抜きってこれでよかったっけ?」
【斬る場所は問題ない。後はそこの木に掲げて、少し待つんだ。血抜きができたら、さっき集めておいたシオルトの葉で肉を包め。それで保存も利く】
「うん、分かった」
何より、私もこうして本格的な旅をするのが初めてである。ツギル兄ちゃんにも教わりながら、まずは狩りのやり方をおさらいしていく。
エスカぺ村にいた時はみんなで担当を分けてたけど、今は一人でやらないといけない。ツギル兄ちゃんは魔剣だし、アドバイスはできても動けない。
旅をするって大変だ。まだ少ししか経ってないけど、改めて実感する。
「とりあえず、これでできた。今日はこの辺りで休む?」
【そうだな。魔物もあまり出てこないし、陽も暮れてきてる。焚火を起こして、食事の用意にしよう】
「といっても、ツギル兄ちゃんは魔剣だから食べられない。私一人で申し訳ない」
【そこは気にするな。それに今の俺は、持ち主であるミラリアの力が食料みたいなもんだ。魔剣となった今、お前の健康がそのまま俺の力になる】
「むぅ……なんだか複雑。でも、元気は必要。旅は長いし、早く慣れないと」
ディストールのお城から逃げ出す時は必死だったから、魔剣の扱いについてはまだまだ不明な点も多い。ツギル兄ちゃんも咄嗟の機転で魔剣となったので、本人でさえも分からないところが多い。
そんなわけで、旅をしながら魔剣についても練習しながら調べてる。とりあえず、ツギル兄ちゃんの魂と魔力が宿ってるから、同じ魔法は魔剣を介して私にも使える。
だからこうして、焚火の火を起こすのも――
「……やっぱり、このままだとできない。魔剣をブンブンするだけじゃダメ」
【どうにも、魔法の杖みたいにはいかないんだな】
――残念ながらできない。鞘に収まったままの魔剣では、どれだけ振り回しても意味がない。
【おそらく、ミラリアの居合が条件となって魔法が発動するのだろう。火打石と同じようなものか。起点となるエネルギーがないと、魔法の力は呼び起せない】
「確かにあの時、魔法陣は居合に反応して出てきてた。面倒だけど、居合は得意。相性はいいと思う」
少し分かって来たのは、魔剣による魔法は居合と連動して発動するということ。攻撃魔法だけでなく、転移魔法のような補助魔法も例外ではない。
ちょっと火を起こしたりするだけでも、魔法を使うならば居合を放つ必要がある。鞘に納めたままでは魔法効果の付与までしかできない。
融通は利かないけど、これぐらいなら問題ない。魔剣と居合の感覚を掴む練習にも丁度いい。
「よし。焚火、点いた。今日はここで野宿」
【まだ数日しか経ってないが、あのワガママだったミラリアが逞しくなったもんだ】
「私はもう余計なワガママ言わない。みんなが繋いでくれた命で、スペリアス様が示してくれた場所に向かう。それが最大の供養だって、私は信じてる」
【……ああ、そうだな。そのためにはまず、ミラリアが言うエスターシャ神聖国に辿り着かないとな】
焚火の近くにあった倒木に腰かけ、ツギル兄ちゃんと今後のことについても語り合う。
今私達が目指してるのは、エスターシャ神聖国。ディストール王国の同盟国だから、向かうにしてもリスクはある。
でも、エスターシャ神聖国にはエデン文明といった楽園とも関りの深いエステナ教団がある。それに、聖女フューティ様の言葉だって気になる。
『何かあったらエスターシャ神聖国を訪れてほしい』ってことだったし、私自身もフューティ様のことが気になる。
レパス王子の元にはいなかったけど、無事にエスターシャ神聖国へ帰れたのかな? あの人のおかげでエスカぺ村へ帰る決心もついたし、お礼だってきちんと言いたい。
その話をツギル兄ちゃんにすれば、当面の目的地は決まった。楽園に辿り着くヒントを得るためにも、目指すべきはエスターシャ神聖国だ。
「シオルトの葉の保存肉って固い。収穫した果実も美味しくない。だけど食べる」
【食べることは生きることだ。旅ってのは過酷なものだろ?】
「うん、過酷。寝床も外だし、私が甘く見てた。……家にいるのとは全然違う」
夕食としてあらかじめ用意しておいた食材を口にしながら思うのは、エスカぺ村やディストール王国での恵まれた生活のこと。
こうして世に出てみれば、私がこれまでしていた生活のなんと豊かだったことか。あの頃は旅に出ても、問題なくできると根拠のない自信を持ってた。
でも、実際の旅は過酷。私が知ってた世界なんて、ほんの一部だけだった。
それでも目指すと決めた以上、私は必ず楽園に辿り着いてみせる。そして、スペリアス様に『ごめんなさい』って言う。
――目的を果たすまで、挫けたりなんかしない。
「おいコラァ! 金目のものを出しやがれ!」
「グズグズしてんじゃねえ! 殺されてえのか!?」
「……何? うるさい喚き声? この近くから?」
【すぐ下にある街道からか? どうにも、キナ臭い気配がするな……】
夕食をモグモグしながら考え事をしてると、突然耳に入ってくる大きな声。なんだか、男の人達が喚いているっぽい。
ツギル兄ちゃんの言う下にある街道に目を向ければ、何やら男達が数人武器を持って馬車を囲んでいる様子。
私も話に聞いたことしかないけど、これってもしかして――
「……野球?」
【違う。野盗だ】
むしろ、なんで野球を知ってんだか。




