原初の楽園の強欲は、進化のレールの外へ
楽園の正体。それはまだまだ眠ってる。
「おそらく、ミラリアの見た楽園はワシの知る頃の楽園とは別物のはずじゃ……。今の楽園はワシにも想像がつかぬほど、さらに人世の道理を外れておろう……」
「……言いたいことはなんとなく分かる。正直、私もあんまり思い出したくない。それより、その後のスペリアス様を教えてほしい」
私が見た楽園とスペリアス様の知る楽園は確かに同じ場所。でも、中身は別物へと変化してる。
ただ、あの歪んだ幻覚の世界は思い出すのも嫌。もっと耳にしたいのは、この話の続き。
ここまではスペリアス様が楽園を追放されるまでの話で、まだ先のことが残ってる。エスカぺ村のことも含め、そっちを聞かずにはいられない。
「……ワシは楽園を追放されようとも、自らの考えが間違ってるとは思わんかった。じゃから外の世界で学んだことを楽園内でも語ると、同調してくれる者も現れた。……その者達も含め、ワシらは楽園の外へと旅だったのじゃ」
【話の流れからするに、その同調してくれた人達っていうのが……?】
「察する通り、後のエスカぺ村の住人じゃ。どれだけ楽園で苦痛から逃れようとも、人の本心とは進化を求めるものなのかのう……。『楽園を出て、もう一度人として生きよう』という考えは、楽園内でもある程度は受け入れてもらえた。……一部、後に考えを変える者もおるにはおったがな」
エスカぺ村の人達は、一部を除いてみんな楽園に住んでた人達だってことは聞いてた。その流れについても、スペリアス様は語ってくれる。
エスカぺ村に楽園の痕跡が眠ってたのも当然の話。みんな楽園に住んでたのだから、外の世界の中では一番楽園に近い。
「初めは苦労の連続じゃったよ……。ワシが知識を持っていたとはいえ、どうやって食料を確保するかも、寝床の作り方さえも初めてじゃ。じゃが、それでもワシらはどこか楽しかった。傍から見れば当然のことでも、苦労しながら先へ進むことができる。……社会を――人の生を謳歌する実感はあったものじゃて」
「楽園を追放されても、嘆いてたわけじゃない。むしろ、みんな楽園から『逃げ出した』と言った方が正しい」
「そうじゃな。ワシもそう考えたかったから、村の名前もそういったものにした。……古代の言葉で『escape』――『エスカペ』とな」
追放についても後ろ向きじゃない。自らの意志でしっかり前を見てた。
エスカぺ村を追放された時の私とは大違い。『人として立派に生きよう』って気持ちが見えてくる。
「村も整い始めて、外の世界にある他の地とも交流を考える余裕もできてきた。じゃが、そうも言ってられない事情もあってのう……」
「それこそ、エスカぺ村が他から隔絶されてた理由ってこと?」
「……うむ。そしてワシら楽園の住人にとって、報いとも言える理由にもなった」
ただ、そのまま平穏に人として生きられたわけじゃない。エスカぺ村を結界で守ってまで隠した理由がまだ残ってる。
そのことについても、スペリアス様は口を重そうにしながら語り続ける。
「ミラリアもツギルも見たであろう? エスカぺ村にあるお社地下に封印されし、意志が宿った苦痛のような影を……」
「うん、見た。やっぱり、あれも闇瘴の延長? 楽園に関わる存在?」
「そこまでは察しの通りじゃ。あの者の名は『セアレド・エゴ』といい、エスカぺ村で生活している時に現れた怪物じゃ。……いや『怪物』と呼ぶのはいささか不適切か。あれこそ、楽園の強欲が招いた結末じゃ」
理由の一つと言えるのが、私とツギル兄ちゃんも何度か戦った影の怪物。名称をセアレド・エゴ。
シード卿に乗り移ったこともあるし、今は多分偽物のエステナとなったフューティ姉ちゃんの力になってる。その存在が強大にして凶悪なのは理解できる。
封印するほどなのは事実だろうけど、そもそもあれって何なの? 一番気になるのはその正体だ。
「セアレド・エゴとは……おそらく、エステナから分離した『自我』と呼べるものじゃ。長きに渡って蓄積された苦痛が……あの怪物を産んだのじゃろう」
「エステナの……自我……!? で、でも、エステナって神様でも生き物でもないはずじゃ……!?」
たどたどしくスペリアス様が語るのは、私も知りたかったその正体。これは仮説の域っぽいし、にわかには信じがたい。
だって、さっきスペリアス様自身も言ってたもん。エステナに自我なんてなくて、ただ楽園を維持するために作られた存在だって。
どれだけ世界を創る力を秘めてても、自我を持ってるわけじゃない。自分の意志で考えて動くわけじゃない。
――そんな根底さえも覆るってこと?
「ワシとて信じがたい話じゃ……。エステナはただの装置。創世装置と呼ばれようと、自らは命ではない。……ないはずじゃが、ワシも外の世界で経験を積む中で、一つの可能性へ辿り着いた」
【命じゃないものが……命のようになる可能性……?】
「それこそ、これまでもワシが語った内容じゃ。エステナには『蓄積された楽園の苦痛』が眠っておる。苦痛とは害であれど、そこに学習できる要素がある。生命が成長して進化する要因にもなる。……ならば、その逆もあり得るとは思わぬか?」
「そ、それって……もしかして……!?」
この仮説については、スペリアス様自身も信じ切れてない。でも、信じてしまえるだけの理由がある。
人間とは自我を持った存在。苦痛も喜びも体感し、先へと生きていくための存在。
ならば逆に『自我のない存在が苦痛を手にした場合』はどうなるのか? 苦痛が自我と結びつくなら、その先にある可能性って言うのは――
「苦痛という驚異の中で、エステナ自身は『装置の枠を超えて進化してしまった』……と、ワシは考えておる。その片鱗こそ、ワシらの封印したセアレド・エゴじゃろう……」
もう、エステナは装置じゃない。
自我を持った装置――苦痛の中で思慮する最強の人工知能AI。




