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少女は魔剣と共に楽園を目指す  作者: コーヒー微糖派
最果てに望みし楽園
360/503

楽園の幻想は、歪んだ箱庭へ

目指した楽園。その正体を紐解きましょう。

「ゲンソウ……? それって、エデン文明の……?」

「全てを語るには、順を追って話す必要があるのう……。少し長くなるが、二人とも最後まで聞いてはくれぬか……?」

【俺達としては、スペリアス様の容態の方が心配ですが……言っても聞かないのでしょうね】

「愚かな母のワガママを、今この時ばかりは聞き通してくれ……。ワシはそのために、これまでずっと思慮を凝らしてきたのじゃからな……」


 スペリアス様にとって、自身の体調より真実を語ることがよっぽど大事なのは一目瞭然。私達の制止も聞かず、無理に体を起こして話を続けてくる。

 ここまでされたら、むしろ黙って聞くほかない。この話の先には、スペリアス様の願いだって潜んでる。


「もう、ワシもどれほど昔の話か分からぬ……。それこそ、100年以上は昔になるのじゃろうが……」

「ひゃ……100年……? スペリアス様って、本当に何歳なの……? そこまで生きてる人なんているの……?」

「フッ、信じがたいじゃろうな……。この長命もゲンソウの一部じゃ。それほどまでに遡った時、ワシは初めて楽園の外へ出ることになったのじゃ……」

「そ、それが……楽園を追放されたってこと……?」


 スペリアス様の語る話のスケールはこれまでとは想像がつかないもの。100年以上も昔の話なんて、想像さえもできない。

 もしかして、スペリアス様は追放された楽園に戻りたいのかな? 戻りたいから、私に楽園への足取りを歩ませたのかな?


「生憎、その時は追放されたわけではあらぬ。楽園におけるある目的のため、ワシが外の世界へ駆り出されたのじゃ……」

「駆り出された……目的があって……?」

【そ、それって、どういった内容で……?】

「……楽園から脱走した奴隷種族――イルフ人の子孫の捕縛。そのためにワシへ白羽の矢が立ったのじゃ。あの頃は面倒を押し付けられたと思ったものじゃが、今思えばその役目こそワシの転機じゃったか……。楽園を抜け出し、本当の意味で『人間になれる機会』じゃったからのう……」


 ただ、どうにもスペリアス様の話から楽園へ戻るのが目的ではないっぽい。昔のことを語る表情にも、どこか安堵の色が見える。

 理由についても、この時は追放じゃなくて別の目的があってのこと。でも、ここについても不思議な話。

 逃げたイルフ人を連れ戻すように言われてたらしいけど、スペリアス様ってイルフの里でも三賢者として崇められてたよね? ドワルフさんにエフェイルさんも含めて、三賢者を作ったんだよね?

 連れ戻すことが目的のはずなのに、どうしてイルフ人に味方してるの?


「最初はワシも素直にイルフ人を捕らえ、早々に楽園へ戻ろうと考えておった……。何せ、外の世界は『苦しみに溢れた地獄』などと楽園では語られておったからのう……」

「外の世界――今私達が過ごしてる世界が……地獄? そんなことない。たくさん苦労もするし、嫌な人達だっている。でも、みんな頑張って生きてるし、いろんな神秘に満ち溢れてる」


 順を追って話を聞くに、楽園内部と私達の住む世界の考えには随分と大きな差があるみたい。エスカぺ村やフューティ姉ちゃんの悲劇といった辛いこともあったけど、この世界が地獄と感じたことなどない。

 むしろ、世界中を旅して思った。まだまだ世界には私も知らないたくさんの可能性が詰まってる。

 美味しいご飯、その土地の景色や人々、大切な出会い。どれもが私にとっての宝物。

 長い旅路は楽なものではないけれど、どこか楽しいものでもあった。辛さの中にあるからこそ、喜びが際立ってたとも言える。


「ハハハ……それは本当によい旅をしたものじゃ……。本当はワシが直接傍で支えようとも思っておったが、その考えは徒労だったようじゃ……。ミラリアは確かに自分の足で世界を見て、肌身で理解してくれた。……あの頃のワシと同じようじゃのう」

「スペリアス様と……同じ? それって、どういうこと?」

「ワシも初めて楽園の外へ出た時、事前の話との違いに戸惑ったものじゃ。イルフ人を探すという名目で世界中を旅して、これほどにないほど実感した。新たな出会いを体感する中で、イルフ人を探すことさえ忘れるほどにのう。……この世界は可能性の宝石箱じゃ。要らぬ手など加わらず、生命としてあるべき姿がそのまま進化を遂げておる」


 そういった思いは、昔のスペリアス様も同じだったみたい。だから、楽園から言われてた役目よりも優先することができたってことか。

 強いて違いを述べるなら、私は旅に憧れてたけど、スペリアス様にそういったものはなかったってこと。元々は役目を押し付けられた中での旅で、住んでた楽園からも離れ離れ。

 楽園に憧れてた私とはまるで逆だ。




「それに比べて……楽園のなんと無機質なことか。確かにあそこに居続ければ、苦しみから逃れることはできよう。……じゃが、それだけじゃ。あそこは人が――生命が本来いるべき地ではない……」




 ただ、楽園に抱いてる印象については近い。最初は『とってもいいところ』だったのに、今は『どこか恐ろしい場所』ってのは私も同じ。

 スペリアス様の言いたいことが少し理解できる。私の見た楽園だって、(らく)はできても(たの)しい場所とは言えない。


「萌ゆる草木に育む人々。楽でなくとも、明日を目指す姿。それこそ、ワシは人間の本来あるべき姿と思った。楽園と違って多くの人々がかような生活をするのを見て、ワシの考えは変わっていった」

「……分かる。私もエスカぺ村にいた時と考え方が変わった。楽できればいいわけじゃない。人間って、何か働かないと生きていけない。苦労も苦悩も苦痛も、生きていく上で必要な要素」

「じゃろう……な。ワシも同感じゃ。いつしか、ワシはイルフ人よりも世界を知ることを優先するようになった。何より、気になることがあった。どうして楽園では外の世界――今のこの世界が地獄と評されていたのか、調べずにはいられなかった。楽園では得られなかった知識を得ることが、ワシにとって何よりの幸福となったのじゃ」


 そして、スペリアス様は『本当の楽しさ』を知った。

 よりたくさんの経験を得るために。ズレた認識の理由を探るために。


「スーサイドにも学生として入学し、見識をより広めたものじゃのう……」

「コルタ学長ともそこで会ったんだよね? あの人、スペリアス様に惚れてたみたい」

「ハハハ……そうじゃったか。ワシのような者に惚れるなど、コルタも物好きなものじゃて……」


 スーサイドにいたのもその一環。魔法を始めとした歴史や技術が眠るからこそ、知識を得るためには好都合なのは理解できる。

 そこでスペリアス様自身も学びつつ、同時に楽園の知識を書物へと収めた。知識って、こうして巡るものなんだ。

 哲学者としての側面も、今のスペリアス様からなら想像できる。


「そうした日々に時を忘れて没頭する中、ワシはある結論へと辿り着いた。……その結論こそ、ワシが事を起こす発端だったのじゃろう」

【スペリアス様は……何を知って……?】


 ツギル兄ちゃんと一緒に話を聞いてると、スペリアス様の顔が少し強張る。凄く大事なことを話す時の表情だ。

 こうして順番に話す中でも、このことが大きなポイントになるのだろう。まだ全てが見えない中で、聞き逃すことなどできない。




「おそらくじゃが、今のこの世界は全て……楽園から始まっておる。楽園こそ、この世界を創り出した原初じゃ……」

もうここまで来れば、この世界の正体が見えてる人がほとんどのはず。

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